気合の声よりも、踏み込みの音の方が、ずっと怖い・・・!
道場に住み込む者として、こ、こんなんじゃいけないって思うけれど、大きい音にすぐ
縮こまる癖だけは治らない。鉄扉の前で、何度も肩を竦ませていた。
体育で利用するのは主に体育館だから、校舎の端にある武道館には全然来たことがなかった。
見上げると、太い幹で出来た門構えは、それは立派なものだ。
音の止む間に呆けていると、突如、その重そうな鉄扉がいきなり開いた。
「 ・・・・・・何者だ、貴様 」
口から心臓が飛び出るくらい驚いているのに、中から出てきた男の子に容赦なく睨まれて、
身体が震えてくる。ど、どこ、どこかに身を隠したいと思うけれど、隠れられそうな場所は見当たらない
( その前に・・・足が動かない )
ぱくぱくと酸欠状態で立ち竦む私の、抱えていたものを見て、
さらに瞳を細めた。
「 それは、真田の・・・ 」
「 ・・・あ・・・あのッ、ゆき、幸村くんは・・・ 」
ぎゅっと胸に握り締めたものは、今朝、幸村くんが忘れていった手拭だった。
個人それぞれ特有の紋様があるとかで、誰のものかすぐにわかるようになっているらしい。
佐助さんから、剣道部の朝練に出て行った彼に届けてほしいと、預かったのだ。
「 ・・・ついて来い 」
「 へ、あ、え・・・ま、待って! 」
ふい、と逸らした瞳と共に翻した背中を、追いかける。
( 幸村くんの所まで案内するから直接渡せ、ということなのだろう )
このヒト・・・よくうちの庭に干してある道着と同じだから、同じ剣道部の人なんだろうな。
そうじゃなきゃ、朝練の時間の幸村くんの行方なんて、知るはずもないんだし。
何年生くらいだろう。背も高く、線は細いけれど、身体は引き締まっていて。
幸村くんとは、また全然タイプが違う・・・なんて思っていれば、見つめていた背中が止まった。
「 ・・・・・・ッ!? 」
「 ( 静かにしろ ) 」
前にあったはずの彼の身体が素早く方向転換し、私の口元を片手が捉えた。
只でさえ怯えていたのに、畏怖は最高潮まで達し、身体を凍らせた( こ・・・こわ、い! )
けれど彼の視線は、私には注がれていない。見つめているのは、曲がり角の向こう。
「 ( ・・・そういえば、耳を澄ませば微かに何か聞こ、える・・・? ) 」
一人じゃない、聞こえるのは男女の声だ。それも・・・。
「 悪いが・・・某は、その気持ちにこたえることは出来ない 」
この『 声 』を・・・間違えるはずがない。
女の子の方はわからないけれど、男の子の方は、確実に幸村くんだ・・・。
フリーズした私の口元を押さえていた手が離れた。
そして、もういいだろうとばかりに、彼は私をその場に残したまま踵を返して立ち去ろうとする。
遠くなっていく背中を、私はもう一度追いかけようと慌てて腰を浮かせた。
あ、足がもつれそう・・・でも、ここに、ここにいちゃ、いけない!!
置いてかないで!と言わんばかりに彼の道着の袖端に、必死にしがみつく。
( だって・・・どう考えたって、このシチュエーションは・・・・・・・ )
鬼のような形相で振り返った彼に、怒鳴られる!と肩を竦めた時だった。
「 好きな女子が、おるのだ 」
・・・世界が、止まった気がした。
「 ・・・・・・?一体、どうし・・・ 」
その場に座り込んだ私を見て、彼は怒声を止めて驚いたように顔を覗きこんだ。
はっとして、止まった時計が動き出す。私は慌てて彼に首を振ってみせる。
だ・・・だめ!声出したら気づかれちゃう。幸村くんが、来てしまう!
「 ・・・そこに、誰かおるのか? 」
案の定、誰かが私たちとは反対方向に走り去った足音が、徐々に消えていき。
代わりに近づいてくる、幸村くんの気配。
・・・涙を堪えるのに精一杯で、身体が震えていることなんて気がつかなかくて。
酷く歪んだ私の表情に、おい、なぜ震えている?と肩を掴まれて、初めて気づく。
その手に、私は溜まらず彼に縋った。長い前髪の奥の瞳に、無言で必死に訴える。
知られたくない・・・幸村くんに、私が此処にいる、こと。
いつも通りの『 顔 』なんて、今の私には出来ない、から・・・ッ!!
「 ・・・・・・、石田殿!? 」
幸村くんの、砂利を踏む音がした。
石田、と呼ばれたその人は、すっと立つと、私と彼との間に割って入った。
俯いて、小さく小さくなっていた私を・・・さっき見惚れていた背中の奥に、隠すように。
何故ここへ?と驚いたような幸村くんの声。
石田くんの胴着の影に『 誰 』かがいることくらい、いくら何でも気づいているはず。
( でも・・・お願い。どうかそれが・・・『 私 』だって気づかれませんように! )
ぎゅ、と震える両手を、祈るように胸の前で組んだ。
動いた影が、気になったのだろう。石田くんの背後を確かめようとする幸村くんが、身体を傾けるのがわかった。
途端、びっくりするほど大きな怒号が辺りに響き渡った。
「 真田ァア!貴様、練習をさぼってこんな所におるとは何事だァッ!! 」
「 そ・・・それは・・・申し訳ござらぬ・・・ 」
「 罰として校庭20周!その弛んだ精神を引き締めてくるがよいッ!! 」
「 しょ、承知した! 」
しゃんと背筋を伸ばした気配がして、幸村くんんが気合の声と共に、去っていく。
同時に、がくんと足の力が抜け、その場に座り込む私。ほぉ・・・と吐いた吐息と一緒に、
自然と涙が出た。地面を濡らし、すっと沁み込んでいく。呆然と、泣いたまま見つめていた私の
視界に、白いものが揺れた。
「 ・・・ありがとう・・・石田、くん・・・ 」
どんなにお礼を言っても足りないくらい、初対面の私をかばってくれた。
差し出された石田くんの手拭を、申し訳ないと思いつつ受け取り、そっと涙を拭いた。
「 フン・・・・・・さっさと、泣き止め 」
言葉は冷たかったが、なかなか泣き止まない私の傍を離れることはなかった。