06.Nothing venture nothing win.

濡れた手拭いは洗って返すと言ったのだけれど、石田くんは頑なに拒否した。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど・・・仕方なく、私は手を離す。 朝練に戻っていった彼と別れて、私は自分の教室へと向かった。
早く家を出たつもりだったのに、教室にはもう半分ぐらいの生徒が登校していて。
今日は早いね、おはよう、と声をかけてくれるクラスメイトたちにに応え、 自分の席へと着くなり・・・大きな、溜め息が出た。






幸村くんに『 好きな人 』がいる、なんてこと・・・考えたことなかった・・・。






「 ( すっごい、自分勝手・・・ ) 」



自分の気持ちばかり考えていて、彼の気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかったことが恥ずかしい。 幸村くんだって・・・私と同い年の、男の子なんだ。
誰に恋をしていても、おかしくないし。それが、私の知らないところだとしても。
( 私だって、家康先輩と付き合ってたこと、幸村くんに話したわけじゃないし・・・ )

・・・好きな人、って、誰なんだろう・・・。

私の、知ってる人かな・・・それとも、全然知らない人?
知ってる人だったら、嫌だな。だって、嫌いにならない自信がない。 きっと嫉妬しちゃう、と思うもの( 嫉妬せずにいられるほど、そこまで人間できてないし ) じゃあ知らない人ならいいのかって、そういうことでもないんだけど・・・ああ、まとまらない。

やっと、やっと『 好き 』になったのに、な・・・。
この気持ちが、恋だとわかった途端に、こんな結果なんて・・・ホント、運がない。
叶うかも、なんて期待をしていたわけじゃない。でも・・・育てる暇も、なかった。
だってこんな気持ち、育てるだけ迷惑でしょう?幸村くんにとっては、さ。
好きでもない子から思われるなんて、重荷以外の何物でもないはず。

ああ、考えてみれば、至極単純なことだった。想っても、実るわけがない。
・・・私は、幸村くんの『 家族 』なんだもの。彼の恋愛対象なんかに、入らない。
逆に応援しなきゃいけない立場のはずなのに、こんな・・・落ち込んじゃったら・・・。



じわりと涙が浮かびそうになったけれど、さすがに教室ではまずい。
混乱と涙の熱を冷まそうと、そっと教室を出たところで、、と呼ばれた。



「 あ・・・かすが、おはよう 」
「 おはよう・・・どうした、元気、ないな 」
「 ・・・ううん、平気 」



弱々しく首を振った私の手を、急に掴んだかすが。
目を真ん丸に開いた私を引っ張って、ずんずんと廊下を進んでいく。
え、あ、あの、かすが!?という私の声に、何人かが振り向いた。 そんな視線など目に入らないというように、彼女はそのまま歩みを止めなかった。

そして、辿り着いたのは・・・相談するにはもってこいの、朝の屋上だった。

誰の気配もないことなんて、武術に長けているかすがには、とっくにわかっているんだろう。 風を避けられる貯水槽の裏に私を連れて行くと、ようやく手を離して座らせた。



「 か・・・かすが・・・?? 」
「 一体何があって、そんな表情をしている? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 話してみろ、。大丈夫だ、始業までにはまだ時間がある 」



こんな時だけど、ううん、こんな時だから・・・かすがの気持ちが、すごく嬉しい。
私のことを、ここまで親身になってくれる同性の友達は、かすがだけだから。
でも、何から話して良いかわからなくて、やっぱり涙が先に零れる。



「 ・・・あのね、実は朝・・・ 」



剣道部の朝練を訪ねたこと、案内された先で告白現場に遭遇したこと。
そこで聞いてしまった幸村くんの気持ちを・・・ゆっくりとかすがに話していく。
聞いていたかすがは表情も変えず、何も言わず、ただ黙ったままだった。
は、話が前後して、解り難かったかな・・・ と、もう一度口を開こうとすると、かすがからどっと大きな溜め息が零れた。



「 奴の行動を見れば、相手が誰なのかすぐに解るものだが、な・・・普通は 」
「 へ、何?かすが・・・ 」
「 ・・・いや、何でもない 」



鼻をかんでいた私は、彼女の言葉が聞こえなかったのだけど・・・。
かすがは、何の防寒具も身に着けていなかった私に、自分のマフラーを巻いてくれた。 そして、優しくふっと微笑む。



「 、私はお前の過去を知っている・・・だから、敢えて言わせてもらう。
  この世には『 望まなければ手に入らないもの 』もあるんだ。
  お前はどうも、自分の『 望み 』だったり『 期待 』だったりが、薄い傾向がある。
  それは、歩んできた人生がそうさせているのかもしれないが・・・ 」
「 ・・・かすが・・・ 」
「 けどな、お前が真田を好きで、家族ではなく恋人として傍に居たいのなら・・・。
  自分自身が『 望 』まなければ、成せないことなんだぞ。わかるだろう?
  『 叶わない 』『 実らない 』だから『 想わない 』では、何も生ま『 ない 』 」
「 で、でもさ・・・迷惑に、なら、ないかなぁ・・・ 」
「 何がだ? 」
「 私の・・・好きって、気持ち。だって幸村く・・・! 」



厚手の手袋をしていたかすがの手が、ぱふ、と両頬を包んだ。 きょとんと見上げた私は、驚いて涙が止まる。眉間に皺を寄せて、睨むように彼女が 私を見つめた。



「 ・・・・・・お前、本気でそう思っているのか? 」



・・・・・・え?

だ、だって・・・違う、の・・・・・・??



しばらくじっと見つめあう。が、やっぱり何か悪いことを言ったのだろうかと青褪めていく私を見てか、 かすがが手を離してまたもや大きく溜め息を吐いた。
そして手袋を少し巻くると、腕時計に目をやる。



「 そろそろ来ている頃だろう。ちょうどいい、一緒に来い 」



置いていた鞄を拾い上げて、かすがは校舎へと戻っていく。
私は何も聞かずに、巻いてくれたマフラーを解きながら彼女の背中を追った。