06.Nothing venture nothing win.

かすがが足を止めて、開け放った扉の向こうで、誰かに声をかけている。
足の長さが違うせいか、どんなに追いかけても追いつけなかった私は、 後ろからその光景を見つめていた。ふ、と視線を上げた表札には、7組の文字。



「 ( 7組・・・ということは、幸村くんのクラスだ ) 」



あの朝の出来事を瞬時に思い出し、慌てて周囲をきょろきょろと見回す。 あ、あんな光景見ちゃった後で、ど、どどどんな顔して幸村くんに話しかけたらいいか・・・ わからないんだもの! 挙動不審な私に、戻ってきたかすがが、どうした?と声をかけてきた。



「 真田なら、まだ戻らないだろう。朝練は厳しいことで有名だからな、剣道部は 」
「 そ、そうなんだ・・・、あれ? 」



ほっと胸を撫で下ろした私の視界に、黒い影が映る。何か・・・隠れ、てる??
かすがの背を覗き込もうとすると、ああ、かすがが笑った。



「 真田と同じクラス、7組の市だ 」



ほら市、いつまでも私の背中に隠れずに挨拶するんだ、とかすがが自分の背後を叱咤する。 その声にもぞもぞっと黒い影が動くと・・・肩越しに、ひょこ、と頭が見せた。
ゆっくりと出てきた少女に、私は首を傾げ・・・閃いたように手を打った。



「 そう!確か浅井くんの・・・えっと、文化祭の時に、一度お話した、よね? 」
「 はい・・・覚えていてくれたなんて、市、嬉しい・・・ 」



ぽっと頬が赤くなった顔を、細い両手がそっと包む。 恥ずかしそうに俯くと、黒髪がさらりと流れた。女の子でも顔を赤らめてしまうほど、 綺麗な・・・こんな印象的な子を、忘れるはずがない。



「 何だ、知り合いだったのか 」
「 いや、ちゃんと名乗ったこともなくて・・・です、よろしくね 」
「 織田市、です・・・ふふ、やっぱり嬉しい・・・ 」



にこ、と微笑んだ笑顔が、またあまりに可愛らしくて。



「 前田の奥方様が、バレンタインデーにお菓子教室を開くという話があったろう? 」



まつさんが誘ってくださった、バイトの話だ。
ぜひお友達を誘ってきて、と言われたので、一番最初にかすがに声をかけたのだ。 ( 何より、かすがは慶次さんとも面識があったし )
すると・・・おずおず、と彼女が・・・市ちゃんが、小さな声で呟いた。



「 かすがちゃんから、その話を聞いて、あの・・・私も、行きたく、て・・・ 」
「 ・・・え!? 」
「 長政くんに・・・市も、チョコレートあげたいの・・・ 」
「 というわけだ。3人で参加できるか、まつ殿に聞いてもらえないか? 」
「 それは・・・全然構わないけれど 」



長政くん、というのは、彼女のクラス委員の浅井くんのことだろう。
いつだって熱血で正義感強い彼と、はかなげな市ちゃんのカップルって、何だか 不思議な組み合わせな気はするけれど・・・。
かすがも、クリスマスに引き続き、謙信さんに送りたいのだといっていた。 ちらりと見れば( 珍しく )もじもじと恥ずかしそうな様子でかすがが、 気合を入れるようにガッツポーズをして見せた。



「 3人で、美味しいお菓子を作って、す、好きな人を喜ばせようじゃないか! 」



・・・私一人だったら、今、多分、幸村くんのことを思って、めそめそ泣いていたと思う。



けれど、こうして・・・勇気をくれる人がいるから、もう少しだけ頑張ろうって、 思えてくるから、不思議。萎えてた気持ちが、ちょっとだけ元気を取り戻した。
もう少しだけ夢を見たって、いいよね?頑張ってみても、バチは当たらないよね?

やっぱり・・・幸村くんを『 好き 』な気持ち、まだ、捨てられない・・・。



いつか・・・幸村くんに寄り添うヒトが出来ても。
後悔しないと思えるその時まで、彼を好きでいたい。



飲み込んだはずの涙が沸き上がってきて、私は隠すようにこくこくこく、と何度も頭を 振って頷いた。そして、市ちゃんとかすがの手を一緒にぎゅうっと握る。



「 うん・・・そ、だね!一緒に、頑張ろう!! 」



おー!と、拳を高らかにあげると、予想以上に注目を集めてしまったらしい。 なんだなんだ?と、周囲からの好奇の目が集中する前に、慌ててその場から何となく離れてみる。 かといって、行き場があるわけでもなくて・・・。

私たちは、廊下を歩きながらクスクスと肩を寄せ合って笑った。