06.Nothing venture nothing win.

1時間目の休み時間に、幸村くんが教室を訪ねてきた。 茶色の長い後ろ髪を揺らして人を探すように首を振っていたが、 教室の奥にいた私を見つけて手を振っていた。



「 すまぬ、英和辞書を忘れてしまったのだが貸してもらえるだろうか 」
「 う・・・うん、いいよ。ちょっと待っててね 」



朝は・・・あんなことがあったから、顔を正面から見据えるのは、正直辛かったけれど。
時間の経過と、2人に励ましてもらったおかげで、いつもの『 私 』でちゃんと『 答え 』られたと思う( 多分 ) 出来るだけ平静を装って、自分の座席に戻ると机の中を漁る。 英語はうちのクラスも6時間目にあるから、入れておいたはず・・・っと、あった。
入学してもらった時にお館様から買ってもらった辞書は、まだ新品同様に綺麗だ。
表面を撫でるようにほこりを払うと、はい、と幸村くんに差し出した。



「 はい、どうぞ。6時間目までに返してもらってもいい? 」
「 承知した・・・・・・あの、殿、 」
「 うん? 」



幸村くんは、その、あの・・・と蚊の鳴くような声で、呟いている。
徐々に俯いていく顔を覗き込もうとすれば、さっと赤面した。



「 な・・・何でもござらぬッ!ちょ、ちょっと気になっただけでござる故! 」
「 何が気になったの?? 」
「 え、っと・・・そう!さ、最近どのクラスでもあ、編み物が流行ってるようだな、と 」
「 ・・・ああ 」



そういえば、うちのクラスだけじゃなくて、みんな編んでいるかも。 市ちゃんのクラスに行った時も、教室で編んでいる人、見かけたなあ。 まあ、それもこれも・・・当然、バレンタイン・デーのせいなんだろうけど。 そう言うと幸村くんは、きょとんと首を傾げた。



「 バレン・・・?ああ、チョコレートを配る、あれでござるな 」
「 配る? 」
「 お中元やお歳暮に次ぐ、日頃の感謝をこめてチョコレートを配る日なのだと。
  だから、頂いた気持ちは有難く食べるように、と 」



首をかしげると、佐助がそう言っておった、と幸村くんが頷く。
半分あってて、半分ちょっと違うけれど・・・そのユニークさが 佐助さんらしいというか何というか。 苦笑交じりに私は、あのねそうじゃなくて・・・と彼に向き直る。



「 色んな意味があるとは思うけど、一番は”好きな人にプレゼントする日”かな 」
「 チョコレートを・・・好きなヒト、に? 」
「 そう。チョコレートと一緒に、私の愛の気持ちを・・・って・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」



幸村くんが無言になるから・・・だ、だんだん、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
えっと、でも間違ってないよね!?うん!
火照ってきた頬を押さえながら、彼の視線に今の自分が入らないよう、精一杯俯く。
すると、殿・・・と、やっぱり小さな声が頭上から降ってきて、心臓が震えた。



「 殿も・・・好きな人に、送るのか?愛の、気持ちと共に 」
「 ・・・・・・え、 」



・・・どうして、そんな切ない声で尋ねるのだろう。

ときめきよりも心配が勝って、思わず見上げる。 泣きそうな顔をした幸村くんの視線と正面からぶつかった。訴えるような瞳が少しだけ潤んでいて、私の視線は釘付けになる。 彼が何かを言おうと、息を吸う気配・・・と、同時に予鈴が廊下に木霊した。



「 ・・・辞書は、授業までには返すでござる 」
「 あ・・・う、うん・・・ 」
「 それから・・・ 」



自分の教室へと駆け出したはずの幸村くんが、ぴたりと止まって振り返った。



「 それから、手ぬぐい、ありがとう。確かに受け取ったでござる 」
「 ・・・そ・・・そう、よかった・・・ 」
「 ああ・・・ 」



い、一瞬・・・固まってしまったけど、精一杯怪しまれないようにした・・・つもり。
へら、と浮かべた笑みがぎこちなさすぎたのか、彼は苦笑しながら身体を翻して再び走り出す。 その背中を、立ち尽くしたまま見送った。
ー、先生来るぞ、というかすがの声に、後ろ髪引かれるように渋々席に着くけれど・・・ 頭の中は幸村くんのことでいっぱいだった。

去り際の幸村くんの様子・・・石田くんにかばわれてたのが私だって本当に気づいた? 顔も声も、しっかり隠してくれてくれたのに、どうして・・・。
初対面の彼と一緒にいたなんて知らないはずなのに、何でわかっちゃったんだろう。



「 ( まさか背格好だけで、気づいちゃったとか・・・? ) 」



そんなはずは、ない。そんな・・・まるで『 恋する乙女 』みたいな考え方、在り得ないじゃない ( 幸村くんの場合は乙女じゃないけど・・・少年?? )
・・・もどかしい。本当は本人に確認でできればいいのだけど、聞けるわけがない。
私のこと何とも思ってないって、言われたらきっとまた泣いてしまう。

だけど・・・好き。好きでたまらないって、思う。

休み時間の、ほんの数分の間に見せた幸村くんの表情も、声も、仕草も・・・思い出すだけで、胸が締め付けられ、て・・・死んでしまいそう。 頬杖ついた手が、熱い。
どうしたら、この熱は冷めてくれるんだろう。どんどん、怖いくらい膨らんでいくの。



授業なんか、これっぽちも頭に入ってこない。ノートは真っ白。シャーペンは、手に持ったまま動かなかった・・・ 結局、この一時間分のノートはかすがに借りる羽目になる。






昼休み、ちょっと席を外している間に辞書が返ってきていた。
道場に帰ってからも、幸村くんは相変わらず『 いつも通り 』だったので・・・。

この『 話題 』に触れる機会は、しばらくの間失われてしまうのだけど。