06.Nothing venture nothing win.

忘れていた・・・と呟いたのは、かすがだ。
彼女を真ん中に、左隣の市ちゃんも溜め息こそ吐かないが、俯いてプリントと睨めっこしている。 私は二人の様子に苦笑しつつ、プリントの内容を見つめた。



「 どうして、期末試験とバレンタイン・デーが重なるんだろう・・・ 」



手元の紙は、さっき教室で配られたばかりの試験日程だった。 バレンタイン・デーは平日で、しかも試験最終日だ。 まつさんが行う料理教室も、当然バレンタイン・デーに合わせて行う( 確かその前の日曜日だ ) この分だと、料理教室への参加は危ないかもしれない。試験のことを、すっかり忘れていた私が悪いんだけど・・・。
ただでさえ、勉学が危うい私は、それこそ人一倍机に向かわなきゃいけないのに!



「 いつもは、こんなことないのにな 」
「 風の噂で、バレンタイン・デーで色めき立つのを回避するためって聞いたわ・・・ 」
「 くッ・・・!それは本当か、市 」



伊達に抗議するか、という呟きは、満更でもなさそうなかすがに、力強く頷く市ちゃん。
( い、いや、それはまずいと思うよ・・・! )
・・・私が・・・バレンタイン・デーを優先したら、お館様や佐助さんはどう思うだろう。
そんな子はいらないって、追い出されるかな。だって 武田道場に置いてもらい、学校に通わせてもらってる以上、勉強で結果を出すのは当然のことだ。


「 ・・・やっぱり私、諦める・・・ 」
「 !? 」
「 学生の本分を優先させなきゃ、私、道場にいられなくなっちゃう。
  そしたら、幸村くんとも・・・離れ、ちゃう・・・それはどうしても、嫌だもの 」



バレンタイン・デーにかこつけて、勇気をもらえればって思ったけど・・・それは叶わないみたい。 でも、それだけがすべてじゃないと思うし。それだけで諦めきれる想いなんかじゃない。 だから今は、優先しなくちゃいけないことから始めなきゃ。
かすがと市ちゃんは、それ以上何も言わなかった。
二人は顔を見合わせて・・・、と声をかけてきた。



「 なら、私たちも今回は試験に集中しよう 」
「 え・・・!だ、だめだよッ、これは私のワガママで・・・!! 」
「 何を言う、とうに私たちは運命共同体なのだぞ!
  それに・・・別にのせいじゃない。ワガママでもないさ。な、市? 」
「 うん・・・自分でも、ちゃんの言う通りだわと思うから。ね、かすがちゃん 」
「 かすが・・・市ちゃん・・・ 」



じわり、と胸が温かい。 こういうのに未だ慣れてなくて、切なくて、ちょっとのことで胸がきゅーっと絞られたような感覚になる。 真っ赤になった私に、まずはまつ殿に説明しなくてはな、とかすがが言った。 私は頷いて、携帯電話を取り出す。



「 ( まつさん、きっとがっかりしちゃうだろうな・・・ ) 」



いつでも凛とした彼女をがっかりさせてしまうであろう、この電話をかけるのが辛かった。 でも・・・かすがと市ちゃんのいない時じゃ、かける勇気も沸かない。それに、こういうことは 早いほうが良いに決まってる( 代理を探してもらうとか、困らせない為にも )
電話帳に登録されている、喫茶店の番号。最後に通話ボタンを押そうとして・・・手が止まる。 かすがが眉を潜め、市ちゃんまで怪訝そうな顔つきで私の顔を覗き込んだ。



「 ? 」
「 ・・・かすが、市ちゃん、あと一日、待ってくれないかな 」
「 一日・・・?どうしたの、ちゃん・・・ 」
「 うん、私もね・・・ちょっとだけ、勇気を出してみようかなって 」



こんなこと、前にもあった。あの時、学んだことがある。
屋上のフェンスに寄りかかって、校舎の向こうを見つめる。広がった青い空。
もう随分前のことのようだけど・・・『 約束 』は忘れちゃいけない。









どたどたどた・・・と走る音も、今は気にならない。
道場へと続く廊下を駆け抜け、扉の前で一度深呼吸する。
入室の伺いを立てようと、拳を上げたところで。



「 入るが良い、 」



と、お見通しのお館様の声が中から聞こえた。私は、失礼します、声をかけて道場の扉に手をかけた。 中には胴着姿のお館様が一人で座っていた。私の姿を認めると、手招きされる。 入り口で一礼して道場に上がり、お館様の向かいに座った。



「 どうした?道場にまで訪ねてくるとは、珍しいのう 」
「 わた、私ッ!お・・・お館様に、お願いがあります!! 」
「 ほう? 」



緊張のあまり、声が上擦った。手の裏に、熱と汗が集まってくるのがわかる。
それをぎゅっと強く握り締めて、私は両手を床について頭を下げた。

賭けてみるしかなかった。
それはお館様を・・・『 信じて 』いるからこそに、他ならない。