「 ・・・出来た・・・ 」
「 出来たな 」
「 出来たわね 」
目の前の鉄板には、4つ並んだフォンダンショコラ。
それをまつさんやかすが、市ちゃん・・・それに教室に参加している皆で覗き込んだ。
オーブンから取り出したばかりのそれは、湯気を上げている。
だけど辺りに充満するチョコレートの匂いが、美味しさを保障してくれているみたいだった。
うる、と溜まらず涙ぐむ。そんな私の肩をぽんとまつさんが叩いた。
「 美味しそうですわ!頑張りましたわね、ちゃん 」
自分のことのように、まつさんが頬を上気させて喜んでくれた。
自然と周囲から拍手が起こって、私は照れたのを誤魔化すように頭を下げた。
「 さあ、皆さんの作品ももう出来上がっているはずですよ。
オーブンから取り出す時は慎重に。鉄板は熱いですから、気をつけて・・・ 」
わらわらと散っていく中で、まつさんが声を張り上げる。
近くの椅子に腰を下ろして、離れたテーブルにいたかすがと市ちゃんを見ていた。
市ちゃんが、自分の分のフォンダンショコラを眺め、頬を染めて微笑む。
あ・・・今きっと、浅井くんのこと、思い浮かべたのかな。かすがも、それを愛しそうに見つめている。
「 ちゃん 」
ふと声をかけられて振り向くと、そこにはまつさんと利さんが立っていた。
「 今日はお手伝いいただいて、本当にありがとうございました。
・・・小耳に挟んだのですが、試験真っ最中なのですってね・・・ごめんなさい。
私がお願いしたばかりに、ちゃんには負担をかけてしまいましたわね 」
「 まつさん、謝らないで下さい!あの、私・・・今回のこと、すごく感謝してるんです 」
市ちゃんやかすがを見て思う。今までバレンタイン・デーなんて興味なかったけれど。
クリスマスとはまた違う・・・贈る人も、贈られる人も幸せになれる日なんだって。
幸村くんへの『 告白 』に失敗しても・・・後悔なんか絶対にしないし。
これをきっかけにって、誰かに背中を押されている気分になるのも私は悪い気はしない。
そうじゃないと・・・ここまで勇気は出なかったと思うから。
「 利さんの言う通りです。ケーキ食べてもらった人に、私、喜んで欲しいです! 」
「 大丈夫よ。ちゃんの心の篭ったケーキですもの、きっと喜んでもらえますわ 」
「 ああ、まつの言う通りだ! 」
まつさんは満面の笑みで微笑み、利さんは私の両手をぎゅっと握った。
そう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。だって二人の言葉は魔法みたいなんだもの。
『 希望 』は光になり、不安を吹き飛ばしてくれる・・・そんな気になるから。
かすがや市ちゃんと別れて帰途についている時、その変化に気づいた。
夕焼け色に染まった見慣れた景色に、いつもはない人影が見えたのだ。
「 ( あれ・・・武田道場と、伊達くんち・・・? ) 」
隣同士、並んだふたつの門の前で立つ少女たち。何だろ、これ。何があったんだろう。
人の多さに、ただならぬ気配を感じて一歩後ずさりした時だった。そのうちの一人が私に気づき、走り寄って来て声をかけてきたのだ。
「 あの、武田道場の・・・真田くんに取り次いでもらえますか!? 」
「 ・・・え、あ、 」
私がこの道場の者だと知っているということは・・・私服だからわからなかったけれど、もしかして同じ学校の生徒だろうか。
何人かが同じように詰め寄っては、真田くんを呼んでくれ、と訴えられる。
突然のことに右往左往していたが、とにかく必死に相槌を打って、逃げるように門の中に入ることに成功した
( もしかして、あの手に持っていたモノは・・・ )
「 殿?息を荒くして・・・一体、どうしたというのだ? 」
誰も追いかけてこないように、慌てて閉めたドアは思った以上にぴしゃりと大きな音を立てた。
今日は日曜日なので、厚手のカットソーにジーパンという格好の幸村くんが驚いたように廊下を駆けてくる。
玄関先でへたり込んだ私を、兎にも角にも石の上では冷えるだろうと手を引いてくれた。
ようやくリビングにしている和室に腰を下ろすと、幸村くんにお礼を言った。
「 何か、外であったのでござるか? 」
「 あ、えっと・・・大したことじゃないけど、外にいっぱい女の子がいて驚いちゃって 」
「 外に、でござるか? 」
「 うん・・・あれは、みんな幸村くんにチョコレートを持ってきたんだと思う・・・ 」
彼女たちは一様に袋を持っていた。
私が今日持って帰ったケーキと同じようなサイズのものだった・・・あれはきっと。
きっと・・・一人一人の、幸村くんへの想いだと思うと、涙が出た。
みんなみんな、幸村くんを想ってる。幸村くんに恋している。
『 羨ましい 』を通り越して憧れるほどスタイルのいい子も、可愛い子もたくさんいた。
あんな子から告白されたら、彼だって嬉しいに決まってる。
今まで、幸村くん本人が『 片想い 』している子しか意識してなかったけど・・・。
目の当たりにしたライバルの多さに・・・自分が、こんな自分がみじめに見えた。
容姿だって、頭だって十人並みで。何のとりえも無い私なんかが、彼女たちに太刀打ちできるわけが無い。
何より彼女たちには勇気がある。ここまで来て、想いを伝えたいという強い願い。
こんなに近くに居ても、すぐに告白する勇気する持てなかった私が、彼女たちに敵わない・・・
敵いっこ、ないんだ・・・。
突然泣き出した私を、幸村くんがどうしたらいいかわからない、というように見つめているのがわかった。
・・・ごめんなさい、幸村くん。平気、すぐ泣き止むから。だから、私のことは放っておいて、玄関に顔を出してあげて。
そう、言おうとしたのに。
オレンジ色の視界が、突如遮られる。温かい、幸村くんの腕の中。
「 ・・・ゆ・・・ 」
「 泣かないでくだされ、殿・・・泣かれると、某は弱い 」
・・・心臓が、ドキドキする。
い、いいい今までに幸村くんに抱きすくめられたこともあ、あるしッ!
この前なんか、押し、押し倒されたのに( あれはあれで赤面するけどッ )
な・・・何だか、今日はいつもと違う・・・違う気がする。
家の中にはお館様も佐助さんもいないのか、私たち以外の誰の気配も無い。
辺りは酷く静かで・・・彼を意識しているせいか、自分の鼓動と幸村くんの息遣いしか聞こえなかった。だから。
「 某は・・・殿のことが、好き、だ 」
だからこそ、耳を疑った・・・こんなにはっきりと聞こえたのに、幻聴かもしれないって。