06.Nothing venture nothing win.

・・・思い出した・・・。

あの日・・・こ、この前幸村くんに、お、押し倒された時に彼が呟いていた言葉。






『 そなたが、好きだ 』






聞こえなかったはずなのに、どうして今頃になって思い出したのだろう。
あまりに信じられなくて、無意識のうちに記憶から弾き出してしまったのだろうか。

ぼんやりとそんなことを思っているうちに、幸村くんは抱き締めていた私を解放する。
その時初めて、彼の表情を見た。大きな瞳がじっと静かに私を見つめている。
な・・・何か、言わなきゃ。何か返さなきゃ。そう思うのに声が出ない。 喉がカラカラで、音のひとつも出ない。呼吸の仕方も忘れて、息が詰まって苦しくなる。
ふっと目を逸らした瞬間、幸村くんが立とうとする気配。 しまった、と思うけれど、彼を引き止める言葉すら出てこなかった。

夕陽の満ちた部屋の入り口に立つと、そのまま部屋を出て行ってしまう。 玄関の戸が開く音がして、ぴしゃりと閉めると、幸村くんが外で何かを叫んでいるのが わかった。対抗するような複数の女の子たちの声がした。私は荷物を持つと、そのまま階段を駆け上った。 自分の部屋に戻って、ベッドの布団に頭を突っ込んだ。



『 某は・・・殿のことが、好き、だ 』



・・・う・・・嘘、なんかじゃ、ない。幸村くん・・・わた、私のこと、す、好き、って・・・。



『 家族 』でしかない自分が辛い、って言ったこともあったし、やっぱりあれって・・・ ゆ、幸村くんの『 好きなヒト 』って・・・私のこと・・・だったんだ・・・。

布団の中でジタバタと暴れてしまう。お、思い出すだけで恥ずかしい・・・。
だけど・・・その後には嬉しさがこみ上げて、耳のすぐ横を通った涙がシーツを濡らす。



「 ( ・・・好き。私も、幸村くんが好き ) 」



ちょっぴり照れ屋さんで、熱血なところもあって、それでいて優しい。
幸村くんは、是と定めた場所に向かって真っ直ぐに走っていく。その背中を見ているのが、とても好き。 思うだけで、胸が痛い。抱き締められると、胸が高鳴る。
痛みも鼓動も、彼が『 与えて 』くれたものだから。
熱い魂が私の中に宿ったようで、こんな自分でも少しずつ好きになれる気がするの。



「 ( ・・・あれ、でも ) 」



私も好き、って・・・幸村くんに、伝えてない・・・?



ずぼっと頭を抜くと、静電気で髪の毛がぐしゃぐしゃだった。
それを慌てて梳かす。整えている間に、戻ったぞーと階下からの声。お館様だ。
幸村くんが2階に上がってきた気配は無いから、彼はまだ1階に居るのだろう。
となると・・・捕まえるのは難しい。さすがにお館様や佐助さんのいる前で、 告白の返事なんて出来ない、し・・・。

心を落ち着けるように、深呼吸。 次に顔を合わせた時、私・・・平気な顔、してられるのかな。 で、でも何としても幸村くんを捕まえてちゃんと私の気持ちを伝えなきゃ。
そうでないと、告白してくれた幸村くんは悩んだまま・・・になっちゃうもの ( だってせっかくの両想い、なんだし )












と、思ったのは余計な心配だったようで。

幸村くんとは、顔を合わせることがなかった・・・というより。












「 避けられてる、だと? 」



かすがの眉が吊り上る。市ちゃんまで怪訝そうな表情になり、黒いオーラが身体から漂う( あ ) 私は慌てて弁解するように、今のナシナシ!と手を振って見せた。



「 え、えと!ちょっと違う!! 」



一昨日の夕飯も4人で食卓についたけれど、幸村くんはいつも通り・・・本当に、信じられないほどいつも通りで。 逆に私の方がどうしてよいか解らず、おろおろしちゃったくらい。 だからお館様や佐助さんも、特に何も言わなかったし。おかわりもちゃんとして、夕飯が終わった。 昨日の朝食も、夕飯も、今日の朝食も・・・ ( 必然的に顔を合わせるのが食事の時間だから、どうしても基準になっちゃうけれど )

ただ、変わったのはテスト間にも部活の自主練習で、登下校の時間がずれているということ。 道場に帰っても、テスト勉強があるからお互い部屋に篭っちゃうということ。
そこでようやく気づいたんだ・・・あの日以来、一度もちゃんと会話してないって。
唯一、顔を合わせる機会である食事の時間にも、目を合わせてくれない。合わせようとしても、 ふっとすごく自然なタイミングで逸らされてしまうのだ。 もっと積極的に声かけなきゃ、とは思うのだけど、自発的に動くってことが、まだ私の中では 『 苦手なこと 』のようで・・・上手にタイミングが計れない。



「 ただ、バレンタイン・デーは今日だし・・・作ったものだけでも渡したいな 」
「 渡さなきゃ、せっかく作ったのに意味がなくなっちゃうものね 」
「 うん。気持ちを伝えたくて作ったから、テスト期間だけど時間もらおうと思って 」



すると、市ちゃんは私の手をぎゅっと握って、にこ、と笑った。



「 ちゃん、私ね、あのフォンダンショコラあげたら、とても喜ばれたの 」
「 ああ、浅井くんに?もうプレゼントしたんだ 」
「 ふふっ、朝のうちにね・・・美味しい、美味しいぞって食べてくれたの 」



その場で開けて食べたという浅井くんの様子がありありと思い浮かぶ。 市ちゃん手作りのフォンダンショコラを頬張る姿と、それを嬉しそうに見守る彼女の姿。
そっか、よかったね。上手に焼けたもんね、と言うと、市ちゃんは頬を染めた。



「 うん、だから、ね・・・ちゃん、ありがとう・・・ 」
「 え?わ、私・・・?? 」
「 ちゃんのおかげで、素敵なバレンタイン・デーになったの。だからありがとう 」
「 ・・・市、ちゃん・・・ 」
「 それを言うなら、私もだ。ありがとう、 」
「 かすが・・・ 」
「 謙信様もそれは喜んでくださった。だから今度は、お前が真田を喜ばせないとな 」
「 明日でテストも終わるし、真田くんもちゃんとお話、聞いてくれると思うわ 」



料理は、喜ばせたいヒトのために・・・そう利さんとまつさんが言っていた。
私のお菓子は、幸村くんを喜ばせたくて作ったもの。 お菓子を渡して、私の気持ちをちゃんと・・・今度こそ『 言葉 』にして 伝えたら、彼は喜んでくれるだろうか・・・。



「 ( きっと、これも『 信じる 』こと ) 」



かすがと市ちゃんへと振り向けば、彼らは大きく頷く。

うん、自分を信じよう・・・今までとは違って、きっと望んだ結末に繋がっているって。