06.Nothing venture nothing win.

午後の試験が終わってから、少し図書室で調べ物をして。
水平線に浮かぶ夕陽を見ながら道場までの道を一人歩いて帰った。
皆と時間がずれてしまったせいか、誰にも逢わなかった・・・もちろん幸村くんにも。



「 ( だけど、今日はちゃんと顔合わせて話さなきゃ、うん ) 」



学校を出る前に自主練しているはずの武道館にも立ち寄ってきたけれど、誰も居なかった。 だから今日はきっともう道場に居るはず。今日こそ・・・ちゃんと言うん、だ!
こっそり保管しているバレンタイン・デーのフォンダンショコラを思い出す。 温めれば中のチョコレートも溶けるからってまつさんが言ってた。 もし幸村くんが今日食べてくれるなら、台所のレンジで温め・・・・・・。



「 ( ・・・・・・あれ? ) 」



と、ここで初めて・・・お館様や佐助さんには、何も用意していないことに気づく。

う、うわーうわーッ!どどどっ、どうしよう!!あんなに『 みんなに用意しなきゃ 』って思ってたのに何てこと!! 幸村くんへのチョコレートで頭がいっぱいで、って言い訳にしては苦しすぎるでしょっ! ( 佐助さんなんてリクエストしてきたくらいなのにっ )

慌てて鞄の中からお財布を取り出してチェック。試験勉強で外に遊びに行く機会が少なかったからか、 全員分のチョコレートを調達するだけのお小遣いは残っていた。
今日これから、ってワケにもいかないし・・・うん、申し訳ないけれど試験終わってからにしよう。 まだ心の中の汗は引かないものの、何とか思い直して道場の門を潜った。
すると真っ先に顔を合わせたのは佐助さんで、内心ぎくりとする。



「 あ、ちゃんちゃん!よかった、出て行く前に逢えて 」
「 さっ!佐助さん、一体どうしたんですか?? 」



奥から慌てて走ってきた彼は、愛用のダウンジャケットを羽織っていた。
どこかに外出するということだろうか、と首を傾げた私の肩を叩く。



「 大学の研究室から呼び出されてさー、今から出かけてくるから戸締りよろしくね 」
「 あ、はい、わかりました! 」
「 大将は出稽古だから呑んで帰るだろうから遅いと思うけど、旦那は部屋にいるよ。
  夕飯作ってあるから、温めて2人で食べてね。夜中には俺様も帰るから 」



こくこくと頷くと、最後に、試験勉強で根を詰めすぎないようにね、と言い残して、 片手を挙げた彼は車に乗り込んで出て行く( な、何も聞かれなくてよかった・・・! )
その背を見送って、私はようやく靴を脱いで玄関に上がる。 幸村くんの靴は、既に玄関先に並んでいた。隣に自分の 鞄を置き、すぐに幸村くんの部屋の扉を叩いた。



「 幸村くん・・・あの、です 」



しばらく間が空いて、何用か、と小さな声がした。



「 今、佐助さんが研究室に行っちゃったんだけど、お腹空いたら声かけてね。
  夕飯の用意、私、するから。それまで部屋にいるね 」
「 ・・・・・・・・・ 」



幸村くんからの反応はない。少し待ってみたけれど、時間が過ぎていくばかりで。
躊躇った挙句、私はその場を離れて自分の部屋に戻った。
ぱたり、と更に壁を厚くするように仕切った扉を背に、溜め息が出る。

やっぱり・・・これって避けられてる、よね。 考え過ぎだったらいいなって思ったけど、むしろ的を得ていたかも。 平常時なら考えられないくらい幸村くんの反応が淡白だもん。
・・・どうしよう、これじゃチョコを渡すどころか、顔を合わせて話すことも出来ない。
無理に押しかけるってことも出来るけど、万が一嫌われたらそれこそ立ち直れない。



「 ( あの日、気づかないうちに何か癇に障ることしちゃったのかな・・・ ) 」



責めてくれた方が原因がわかるかもしれないのに・・・。

・・・なんて考え方はナンセンスだよね。
解決するには自分で気づかなきゃ意味がないし・・・けれど、その前に試験勉強!
鞄から教科書と授業のノートを取り出す。あとちょっとだもの。最後の気合入れなきゃ。
夕飯の時には顔を合わせるだろうし、うん、その時までに考えて、直接聞いてみよう。

制服から私服に着替えて、机に向かった。
夕陽が沈もうとしている・・・ペンを握る手の影が、長く伸びていた・・・。













・・・というところまでは覚えていたのだけれど。













は、と顔を上げると、いつの間にか眠っていたらしい。 外は真っ暗になっていて、身体も冷えたせいで酷く固まっていた。 あいたたた・・・と悲鳴を上げながら、うつ伏せになっていた身体を伸ばして・・・。



「 ( そうだ、夕飯ッ!! ) 」



部屋の電気をつけて時計を確認すると、すでに9時をまわっている。
こんな時は佐助さんが声をかけてくれるけれど、その彼は居ないってわかってたのに。 ウトウトと眠くなってきた時に気がつかなきゃいけなかった・・・なんて後悔している場合じゃない。
最初に幸村くんの部屋を訪れるか迷ったが、躊躇った挙句、階段を降りて台所に向かう。 階下は静かだった。人の気配は一切ないし、明かりはひとつもついていなかった。 ということは、まだお館様は帰っていらっしゃらないのだろう。
ガララ・・・と台所のガラス扉を開けて、2人分の夕飯を確認した。幸村くんもまだ食べてないみたい。 よし、と私は2階へと戻る。
こうでもしないと声をかける口実が見つからない、というのはちょっと寂しいけれど。



「 幸村くん・・・ごめんなさい、私、気がついたら寝ちゃってたみたいで。
  それで、あの、まだご飯食べてないよね?今から私、準備するから・・・ 」



しーん・・・という漫画みたいな表現が似合いそう。反応を待ってみるけれど、物音すら返ってこない。 まさか中で倒れているのではないか、とか、いつぞやみたいに眠ってしまっているのだとしたら 風邪を引いてないか、と心配になってきた。ドアノブに手をかける寸前で・・・ようやく幸村くんの声がした。



「 某は遠慮いたす。殿一人で食べてくだされ 」
「 え・・・どう、して?どこか具合でも悪い?? 」
「 悪いところはござらぬ・・・もう良いだろうか。勉学に集中したい故 」



是にて、と言わんばかりに会話が打ち切られた。ドアノブに触れようと伸ばしていた手を、ぎゅっと胸のうちに抱える ( 少しだけ・・・震えていた )
私はそのまま1階に降りると、自分の分だけレンジに入れた。 温めている間にお箸や飲み物を用意して、リビングに並べる。テレビをにつけて、ジャーからご飯を茶碗に移す。 料理が並び、いただきます、と頭を下げてお箸を口に運ぶと・・・涙が零れた。



「 ・・・・・・う・・・ひぅ、ふ、えっく・・・ 」



口の中のものを飲み込んで、ティッシュで目元を押さえた。
佐助さんの料理は相変わらず美味しくて、どれも食べたくなるのに・・・みんなが揃わないだけで、こんなに不安になる。 テレビをつけただけじゃ、当然だけど賑やかになんかならないし。
両親が亡くなってからはずっと独りきりの食事が当たり前だった。 慣れていたはずなのに・・・武田道場に来てからは一人で食べたことなんてなかったから、かな。

( ううん、本当はわかってる。一番の原因は幸村くんが『 わからなく 』て・・・私、 )

着ていたトレーナーの袖で涙を拭う。 涙が落ち着くと、また箸をすすめた。何も考えずに必死に口に運んで、平らげた後の皿洗いが終わると次の作業に移る。 料理を置いた盆を抱えて彼の部屋の前に立つ。幸村くん、と静かな廊下に私の声が響いた。



「 勉強の最中にゴメンね。お節介だと思ったけど、夕飯、温めて置いておくから。
  お腹空いたら食べてください。それと・・・明日の最後の試験、お互い頑張ろうね 」



返答はない。やっぱり、と寂しい気持ちにはなるけれど、今はこれでいい。
ラップに包んだ夕飯のお皿と一緒に・・・用意していたフォンダンショコラを置いた。
迷ったけど、だ、誰も見ていないなら、と・・・そっと、キスのおまじないを添えて。






どうか、ひと欠けらでもいいの。

また彼と一緒に笑いたいだけ・・・どうか、この気持ちが届きますように。






自室に入ると、緊張を解くようにわずかに溜め息が零れた。
一瞬の気の緩みの許さずに、よし!と気合を入れてそのまま机に向かう。
お館様は気にしなくていいというけれど、試験で少しでもいい成績をとることが、 武田道場に・・・幸村くんの側にいる条件だって、私自身の中で決めたことだから。

迷っても悩んでも時間は過ぎていく。今は目の前の試験に、集中しなきゃ!