06.Nothing venture nothing win.

コートを羽織り、鞄の中身を確認して席を立とうとすると、、と声がかかる。



「 政宗くん 」
「 これから帰るんだろう?一緒に帰ろうぜ、俺に『 渡すもの 』もあるだろ 」



パチンとウィンクをした政宗くんに、おろおろしながらも・・・頭を下げる。
実は用意していなくて・・・と話すと、私にもわかるほど随分とショックを受けた顔をしたけれど、 理由を説明すると幾分ほっとしたかのように頷いて、急に引き寄せられる。



「 ひゃっ! 」
「 昨日は『 当日 』とはいえ試験日だからな。さすがに遠慮したが・・・まあいい。
  どうせならこれから買いに行くか。俺の好みをにも知ってもらいたいしな 」
「 ・・・どこまで自信過剰なんだ、お前は 」
「 あ、かすが! 」
「 が困っているだろう!?肩を抱いた手を離せっ!! 」
「 おっと、それは無理な相談だな。こいつは俺のモンだからな 」
「 だ!!誰のものでもないし、特にお前なんかには渡せない!! 」
「 ま、政宗くん、かすが!!もう・・・2人とも静かにして! 」



ぎゃいぎゃいと耳元が騒がしくなったが、だんだんと『 いつものこと 』なので慣れてきた ( でないと、正直2人のクラスメイトなんてやってられない )
ふと溜め息を吐いた時、喧騒の外からふと視線を感じて・・・振り向く。






「 ・・・・・・・・・ゆ、 」






一瞬だけ目が合った。
信じられないものを見るような、何か言いたいことを堪えているような・・・潤んだ瞳。

どうして・・・どうして、此処に?( だって昨夜だってあんなに避けて・・・ )



だけど次の瞬間には、彼の長い後ろ髪が風に靡く。 あっという間に小さくなっていくその背中を追いかけようと身体を反転させようとするが、動かない。 肩に回された伊達くんの手に、痛みを感じるほどの力が篭っていた。 私は思わずぞっとする。



「 ・・・政宗、くん・・・? 」
「 どこに行く?真田なんか追いかけずに今はここにいろ。俺から離れるな 」



台詞はいつもと同じなのに、見上げた彼の眼光は鋭い。 幸村くんの背を見送る、というより睨むように見据えていた。ど、どうしたんだろう・・・さっきまで何ともなかったのに。 その気迫に、抱き締められた腕を振り解けなくて、その場でもがいていると、ていッ!という小さな掛け声が背後から響いて、 政宗くんが呻き声を上げて蹲った( え!? )



「 、行けっ!今追わずにいつ追うんだ、ちゃんと話をつけてこい!! 」
「 かすが!? 」
「 大丈夫、お前たちには『 きっかけ 』が必要なだけなんだ。さっさと行くんだッ! 」
「 ・・・・・・うんっ!! 」



手刀を頭に受けて沈没した政宗くんに、ごめんね、と小さく謝って、私は走る。
ごめんね、ごめんね政宗くん。すべてが終わったら、ちゃんと説明するから、だから。
背後で2人の言い争う声が聞こえたけど、あとはかすがにお任せしよう。 彼女ならうまくやってくれると思うし・・・・・・た、多分( そういや性格合わないんだった・・・ )

走り出したはいいものの、幸村くんはどこへ言ったのだろう・・・走り去った方角からすると教室だろうか ( 荷物は持っていなかったような気がする )

まずは、廊下の先にある彼の教室を目指すことにした。













私のクラスと同じでホームルームはとうに終わったのか、教室内の人は疎らだった。 だけどそこに彼の影は見当たらない。見当はずれだったのかな・・・どこに行っちゃったんだろう。 扉の傍で辺りを見回していると、市ちゃんと浅井くんの姿が目に入った。



「 どうしたの、ちゃん。そんなに息巻いて・・・ 」
「 市ちゃんっ!!ねえ、幸村くん見なかった!? 」
「 真田なら、つい先ほど荷物を持ってすごい勢いで飛び出して行ったぞ 」
「 どっちに行ったかわかる? 」



浅井くんが指を挿した方向に身体を向ける。 私なんかよりも、何十倍も何百倍も身体能力の優れている幸村くんだから、 普段だったら追うなんてこと絶対に出来ない。
でも、一度荷物を教室に取り戻ってから出て行ったのなら、そんなに離れてはいないはず。 ありがとう!と2人にお礼を告げて走り出そうとすると、市ちゃんの・・・珍しく、大きな声が飛んだ。



「 ・・・頑張ってねっ、ちゃん! 」



何も話していないのに、それでも市ちゃんは『 気づいて 』くれたのかもしれない。

照れたように笑うと、彼女は興奮に頬を高潮させながら何度も頷いた。 訳が解らないというように、浅井くんはそんな市ちゃんと私を見比べてばかりいたけれど・・・。

かすがと市ちゃんには、出逢った時からずっとこの恋を応援してもらったよね。
挫けそうな時も、諦めそうな時も、いつも勇気をもらって励まされた。
だからそんな2人にいい報告ができるよう・・・今は、全力で走らなきゃ。













浅井くんの指差した方向は、昇降口へと通じていた。
7組の標識を頼りに、下駄箱で幸村くんの靴を確認する。真田、真田・・・っと、あった、これだ。 と覗き込むと、そこには押し込めたように並ぶ上履きがあった。



「 ( 上履きがある、ということは外へ出てるんだ ) 」



・・・どうしよう、少しだけど距離を詰められたと思ったのに。
校舎の中ならまだ探せても、外に出てるのなら途方もなく探すことになる。
あれだけ意気込んでいたものの、ちょっと挫けそうになったその時。



「 あれ?さん 」



背後からの声に振り返ると、そこには竹中くんと毛利くんが立っていた。
( ・・・珍しいな、2人一緒にいるところを見かけるなんて・・・ )
毛利くんの手には『 取締表 』と書かれたファイルがある。 何の『 取締り 』をしてたのだろう・・・と首を傾げた私を見て、一緒にされたくないと 言わんばかりに、僕は只の通りすがりさ、と竹中くんがわざと大きく肩を竦めた。



「 あ、あの、ゆ、幸村くんを見かけなかった?? 」



と訊ねると、毛利君がいきなりフンと盛大に鼻を鳴らした。
あからさまに機嫌が悪くなり、つまらなそうにそっぽを向いてしまった彼の変わり様を、 苦笑を浮かべた竹中くんがフォローするように私に説明してくれた。



「 毛利は、帰りがけの生徒に廊下を走らせないよう取り締まっていてね。
  真田くんはさっきまで散々注意を受けたところだよ。それこそこてんぱんにね 」
「 ぷっ!あははは・・・ 」
「 笑い事ではないぞ、。我は不愉快だ、すこぶるな 」



と怒られてしまったので、慌てて口を噤む・・・でもやっぱり緩んじゃう、かな。
毛利くんには悪いけれど、ちょっと想像したら笑えた。 肩を落とした幸村くんと、身体を震わせて彼を叱る毛利くん。 だから怒りがまだ解けない毛利くんは、今も機嫌が悪いんだね。
でも、さっきまで怒られてたってことは、そう距離は離れていない・・・?
その後の幸村くんの行動を詳しく聞くと、竹中くんは昇降口ではなく裏手を指差した。



「 靴だけ履き替えて裏へと走って行ったから、おそらく武道館だろう。
  彼は剣道部だったね。部活に行ったのかもしれないな 」
「 ありがとう!私、幸村くんを追いかけなきゃいけなくて・・・ 」



お礼を言って走り出そうとした私を、彼らは意外そうな顔して見ていた。



「 そなたたちは同じ屋敷に住んでいるのであろう?帰ってからではいけないのか 」
「 うん・・・それじゃ間に合わない。きっと、今このタイミングじゃないと動けないから 」



・・・そう、動けないのは『 私 』の方。

嫌われるのが怖くて、ずっと逃げてた。でも今逢いたい。今逢って、ちゃんと話したい。
ずっと私のこと避けていたのに・・・理由はわからないけれど、幸村くんがに逢いに来てくれたから。 だから今度は・・・『 私 』が勇気を出す番なんだって思う。

真っ直ぐ向き合った私の中に、揺るがないものを感じてくれたのか。
竹中くんがふっと表情を柔らかくして、私の背中を優しく押した。



「 ・・・行っておいで。彼も随分切羽詰ったような、らしくない顔つきだった。
  何故逃げているのかは判らないけれど、実は君を待っているのかもしれないよ 」
「 うん・・・うん、ありがとう 」



相変わらず、少し儚げな笑みに見送られて。 上履きから外靴に履き替えて武道館へと向かった。茂みを歩くたびに思い出す、あの日の朝の出来事。 そう遠くない日のことだけど・・・あの日を境に私の中で変わった『 想い 』がある。

石田くんの背中ごしに聞いた、幸村くんの切ない恋心。

・・・ねえ、あれって『 私への想い 』だったんだ、よね?
わかっていても、改めて確かめるのは凄く怖い。勘違いとか自意識過剰なんだったら、 私、もう立ち直れないと思う・・・で、でも、幸村くんは自分から告白してくれたんだもの! 私だけ幸村くんの気持ちを知っているのって、平等じゃないと思う。
聞き間違いなんじゃないかなって不安に思うくらいなら、尚更確かめなきゃ、だよね。



・・・私も、幸村くんが好きだよ。



あの日女の子が立っていた位置に、今日は私が立って告白する。

ごめんね、応えるのが遅くなって。きっと幸村くんのこともたくさん不安にさせたよね。
今からちゃんと伝えるから。だから逃げないで聞いて・・・私、今度こそ伝えるから。