07.The secret only between you and me.

待ち合わせは駅前・・・といっても正面ではなくて、少し離れた脇道で。



変装まではしないけれど、電信柱の影にひっそりと隠れていた彼を見つけて、小さく手を振る。
幸村くんもすぐに私を見つけてくれた。嬉しくなって、私は足早に近づく。



「 お待たせ、幸村くん!ごめんね、待たせちゃって・・・ 」
「 いや、問題ない。殿こそ・・・走ってきてくれて、ありがとう 」
「 えっ・・・あ、ううん!だってワクワクしちゃって 」
「 ・・・そうか。では、出陣するとしよう 」
「 うん!! 」



・・・なんか、このやり取りってデートっぽいなあ・・・。
今更かもしれないけど、何だか恥ずかしくなってきた、かも。
緊張して自然と胸元で握りしめていた拳に、幸村くんのてのひらが触れる。
跳ねた鼓動なんかおかまいなしに、その手を幸村くんに引っ張られるようにして、駅を背に歩き出した。



「 さっき佐助さんにバレそうになって、慌てちゃった。幸村くんも捕まったんだって? 」
「 あ、ああ・・・ 」
「 今日のこと、皆に内緒だもんね。ドキドキするけど、何かワクワクもするね、ふふっ 」



表面上、笑えてはいるけれど・・・内心、気持ちがそわそわしてるし、繋いだ手がいつもより熱い気がする。
それは佐助さんに見つかりそうになったのを思い出したから、とかそういうのじゃなくて。
市ちゃんが貸してくれた少女漫画にもこんなシーンあったなって思ったら、は、恥ずかしいけれどそれ以上に嬉しいんだよねっ! デートしてるんだって実感沸いてきた!!うわうわうわー!!



「 ( ・・・い・・・いけない、私ばかり浮かれていたら、子供みたいだって呆れられるかも )」



黄色い声を上げたい気分を抑えるために胸に添えた手に、どきどきと鼓動が伝わる。
こっそり見上げた幸村くんは、少し頬が赤いものの、堂々と前を見ている( う、かっこいい・・・ )

だから私も前を向いて、幸村くんに後れを取らないよう大股でついていく。すると。



「 すっ、すまない!殿の方が歩幅が小さいというのに・・・ 」



と、彼が少しだけ小さい歩幅に修正してくれた。
ああ、そうか。私が大股で歩いていたから気にしてくれたんだ。優しいなあ。
全然気にしていなかったんだけど、幸村くんの気遣いが嬉しくて、ありがとう、と言った。
何の、と幸村くんが返事をする。
いつもと変わらないやり取りのはず・・・だけど、今日だけは 何気なく会話する言葉にも、砂糖をコーティングしたような甘い雰囲気が漂っているように思える。

顔の熱を冷ましたくて、頬に片手を押し当てる。
・・・そこでふと、無言で歩いていることに気が付いた私は、頬に手を当てたまま顔を上げた。
幸村くんと目が合う。けれど、私を見るなり顔を赤くした彼が、慌てた様子でぱっと視線を逸らしてしまった。



「 ・・・幸村くん?? 」
「 いっ!いいいや!!そ・・・そう!!楽しみだなと思ったのだ、すい、水族館! 」
「 うん。楽しみだね、水族館 」



同じ気持ちなら、恥ずかしくてもいい。この想いも共感できることを幸せだと思う。



逸る心を抑えきれず・・・ううん、敢えて抑えずに!幸村くんと繋いだ手を、今度は私が引っ張る。
坂道を転げ落ちんばかりに走る2人に、周囲の人が振り返っていたけれど、次第に速度を上げる足はもう止まらなかった。












水族館は、海辺沿いの通りに面していた。
春休みということもあって、広い駐車場にはたくさんの車が並んでいたけれど、 私たち地元の人たちは徒歩で30分で行ける距離だった。

幸村くんから貰ったチケットをもぎってもらい、硝子張りの建物を奥へと進む。
建物も海に面しているから、景色は波打ち際のそれだった。でも、進めば進むほど・・・海の中へと潜るような感覚に捕らわれる。天井に吊るされた大きなバルーンは、照明で蒼く輝いていた。次第に足元から光が消え、バルーンの森を抜けて暗闇へと入ったかと思うと、足元は水槽の光に徐々に照らされていった。



「 ・・・う、わぁ・・・ 」



じわりと浸食されていく気分に心が震えるが、次に広がった景観に言葉を失う。



「 足元に段差がある。手を貸そう 」
「 ありがとう 」



呆然と立ち尽くしていた私に、幸村くんが言う。差し伸べられた彼の手を握り、螺旋状の階段をゆっくりと下りていった。最後の一段から降りると、目の前には私の身長の5倍以上はある大きな水槽。揺らめく水面に吸い寄せられるようにして、私はアクアリウムの前に立った。



「 殿は、水族館が初めてなのであろう?・・・どう、でござるか?? 」
「 ・・・すごく、綺麗で・・・どうしよう、これ以上、言葉が出ないよ・・・ 」



そっと水槽に触れる。光が伝染したように蒼く染まった指先を掠めて泳ぐ、魚の群れ。
水槽に沿って見上げれば、海面の真上には太陽のような強い光があって目を細める。
まるで、本当に海の底にいるような気分。光と私の間には水の膜が張っていて、周囲を自由に泳ぐ魚たちは色とりどりの鱗を纏ったダンサーのようだった。

無言のまま・・・水槽に張りついて動かない私の横に、彼が並んだ。
彼も何も言わず、私と同じように水槽を見上げる。端正な横顔に、揺らぐ水面が映っていた。



「 ( ・・・黙ったままじゃ悪いし、な、何か喋らなきゃ ) 」



そう思うけれど、本当に言葉が出ないくらい感動していた私は、無言の彼に甘えてそのまま口を閉ざす。
・・・幸村くんは、きっと私が今ものすごく感動している瞬間を、大切にしてくれているから。
何も言わなくても、無理して喋らなくてもいいよって、思ってくれているような気がして。



「 ( それは、幸村くんは私のことを嫌いにならないって知っているから ) 」



いつの間にか・・・静かに降り積もっていた絆の重さに感謝して、私は水槽へと視線を戻す。

私の顔にも、幸村くんと同じように青い水面の影が映っているのだろう。
連なる魚の群れは、私たちの頭上をゆっくりと通過する。
その雄大さに、またもや目を輝かせた私に、幸村くんが嬉しそうに微笑んだ。私も、笑った。






まだまだ、デートは始まったばかりだ。