07.The secret only between you and me.

幸村くんに突然引っ張られた時は本当にびっくりしたけど、イルカショーの壮大さにはもっと驚いた!

合図と共に、トレーナーさんの足元にいたイルカが深く潜り、思い切り天高くジャンプする。
最後尾の座席に座っていたのに、水しぶきがここまで届くような気がして、つい身を縮ませた。
両耳を塞いで、低くしていた頭をしばらくしてから上げると・・・怪訝そうな表情をした幸村くんがいた。



「 ( え・・・ ) 」



浮かべた笑みが、ひくついた。
そのまま血の気が引きそうになった。けれど再び宙を舞ったイルカの如く、落ちそうになったモチベーションはかろうじてふわりと持ち上がる。肝を冷やしたことなど忘れて、興奮した口調で話しかけると、先程の怪訝そうな表情なんか微塵も感じない笑顔を私に向けた。



「 ああ、すごいでござるな!すごいイルカでござるな!! 」



私も真っ赤だと思うけれど、幸村くんも紅潮している。
さ・・・さっきのは夢だった、のかな!うん、そう。そうだったんだよね?
だって幸村くん、笑ってるもん。2人で興奮を共有していることが嬉しくて、ますます興奮してくる・・・っ!
ぷるぷると震えだしそうな私に、ショーが終わるとすぐ様「 他の展示も見に行こう! 」と言った。



「 途中の展示を追い越してしまったから、もう一度戻ろうかと思うのだが・・・ 」
「 うん、じゃあ、元来た道を戻ればいいのかな 」
「 いや、地図をよく読んで、あまり一般的な順路を避けようかと 」
「 幸村くん、珍しく慎重だね。地図を読むなんて・・・ 」
「 ・・・っ!!そ、そそそんなことないでござるよ!?その方が、流れの邪魔にならないだろうと 」
「 そうだね!じゃあ行こっ 」



・・・幸村くん、優しいな。ちゃんと周りの人のこと考えていて、本当に偉いと思う。
イルカショーの感想もそこそこに、早足でその場を後にする。幸村くんが言うには、人の流れに巻き込まれる前にここを出ないとって。確かにその方が人の邪魔にはならないと思うけれど・・・。
先頭に躍り出たものの、すぐ脇の看板を見て、思わず幸村くんの服の袖を引っ張った。



「 ねえねえ幸村くん、カメ、カメ見てもいいかな? 」



そこには『 ウミガメ 』という文字と茶色のウミガメの顔写真が掲載されている。
今日はウミガメに触れられるイベントは、残念ながらお休みみたい。
でもカメはいるだろうし、産卵するシーンはテレビで見たことあるけど、実際のウミガメなんて見たことないし・・・なんて考えたら、ちょっとワクワクしてしまった。

だけど、覗き込んだ幸村くんの顔に・・・笑顔はなかった( また、だ )

それは本当に『 一瞬 』で、すぐに朗らかな表情に変わる。
頷いた彼は、すぐに看板の先にあるスロープへと足を向けてくれた、けれ、ど・・・。
私は逆に足が止まってしまい、その場で立ち尽くしてしまう。ほんの数秒だったけれど、まともに思考が働かなかった。動けずにいた私に、声がかかる。



「 殿?ウミガメ、見るのでござろう? 」
「 ・・・あ・・・う、うん 」



反射的に口の端が持ち上がってくれて、内心ほっとする( ・・・笑えない、かと思った )
彼が指差すスロープはぐるりと円を描くように道が続いていて、最後は階下の水槽へと続いているらしい。
・・・い、かなきゃ。折角、幸村くんが立ち寄ってもいって言ってくれたんだもの。自分で望んだはずなのに、義務感に駆られて踏み出した1歩が、次の2歩目に繋がり、3歩、4歩・・・と続いていく。
前を歩きながら、私を振り返って待っていてくれる彼。
そこに居たのはいつもの幸村くんで・・・踏み出すごとに、私もようやく強張りが解けてきた。

・・・見間違い、かもしれないし。さっきだって、そう。不機嫌になるようなこと、してないし。
すぐマイナス思考になるのは、私の悪いクセだ。



「 ( そういう自分はもう嫌だ・・・今日はデート、だもの。楽しく過ごしたい ) 」



伸ばしてくれた手を取る。しっかりと繋ぐと、2人並んでウミガメの水槽へと向かった。












「 うわぁ、大きい! 」



背伸びすれば上から、屈めば下から見ることできる。
腰ほどの高さにあるウミガメの水槽の前で、立ったりしゃがんだりを繰り返していた。



「 この子だけ甲羅の色素が薄いよね。体格も小さいから若いのかな 」
「 そうかもしれぬ。殿の言う通り、こちらのウミガメは甲羅が濃いだけでなく逞しい故 」



彼の傍をついっと泳いだウミガメを指して、幸村くんが言った。
あ、ほんとだ。あっという間に通過しようとするウミガメの姿を追いかけようと、足の爪先に力を入れる。
すると、突然幸村くんに肩を抱かれてどきりとしたのも刹那の出来事で、そのまま上から押さえつけられた。
伸びようとしていた身体を、逆方向に圧力がかかったのだから、当然バランスを崩して転倒する。
冷たいコンクリートに、どん、と尻餅をつく。遅れて、肩からかけていたバッグが床に落ちた。



「 ・・・・・・ッ! 」



悲鳴も上げられず、ただ息を呑む。後ろに転んだお陰で、お尻が痛いこと以外の怪我はなさそうだった。
座り込んだまま茫然としているのに、頭の中の一部が冷静にそう判断する。



「 すっ、すまない、殿。大丈夫でござるか? 」



慌てた様子の幸村くんが、すぐに手を伸ばしてくれる。
だけど・・・私は今度こそ、彼の顔を見上げることが出来なかった。



「 ・・・うん・・・だい、じょうぶ・・・ 」






本当は・・・全然、大丈夫なんかじゃない。






夢じゃ、なかった。
怪訝そうな顔をしていたのも、押さえつけてきたのも、全部全部、気のせいなんかじゃなかった。



「 ( ・・・私、幸村くんに何かしてしまったのかな・・・ ) 」



幸村くんが、悪意を持って人を傷つけようなんてこと、しない人だって知っている。
でも・・・どうしてこんなことをするのかな。知らない間に、彼に何かしてしまったのだろうか。
自分で気づけないなんて、それこそ救いようがないのかもしれないけれど。
でも、不機嫌にさせてしまったのならちゃんと謝りたい・・・謝りたい、のに・・・。



「 ( 理由を、聞くのが怖い ) 」



コンクリートについた手を、ぎゅっと拳にして握る。てのひらについた細かい砂利が肌を刺した。
私はそれを払うと、伸ばしてくれた手をとらずに・・・一人で立ち上がる。
幸村くんは少しバツが悪そうに首を傾げて、手を引っ込めた。






「 ・・・殿? 」






スカートの埃を払って、俯いていた顔を臆せず上げる。
眉を顰めていた彼に、私はにっこりと笑顔を作った。



「 元の・・・最初の水槽まで戻るんだよね?ペンギンもいるかな 」
「 あ、ああ。確か途中にいたでござる。横長の水槽があったから・・・ 」
「 行こう、幸村くん 」



・・・まだ笑っていられる。
鼻の奥がつんとしてしたけれど、かろうじて涙をこらえることは出来た。

言葉を遮って歩き出した私の背中を、不審げな彼の視線がずっと眺めているのが解った・・・。