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崩れ落ちた身体を、抱き留める。
苦無を握ってないほうの腕の中で、彼女はぐったりとしていた。
感じた恐怖に、意識を失ったのか・・・。
俺は武器を仕舞うと、彼女を両腕で抱き上げて、横にできる場所を探す。
見慣れない景色や、色の多さに視界がちらつくが、すぐ隣の部屋に布団があった。
腕の中の彼女を寝かせて、薄い掛け布団をかけてやると、自分も安堵しているのがわかった。
布団を敷いた台座の横に膝をついて、覗きこむ。
髪も短い、服装も見慣れていた着物姿とは全く違う。
顔色も、極端に青白いが・・・それはまさしく『 彼女 』だった。
「 ( ・・・姫 ) 」
・・・この俺が、彼女を間違えるわけがない。
忍という立場も忘れて、主従という立場を超えて。
愛という信頼で結ばれた・・・魂の、相手を。
『 ・・・さようなら 』
あの瞬間、確かに心臓を貫いたのに。どうして・・・彼女はまだこの世にいる?
頬に触れれば、柔らかい弾力が俺の指を弾き返す。冷たいが、命の宿る肉体。
俺は、目の前の現実を受け入れられず、彼女の横で、呆然と・・・見守り続けていた。
「 ・・・・・・ん、 」
しばらくすると彼女の瞼が震えた。ぎゅうっと眉間に寄せた皺が解放されると、双眸が開く。
俺は、忍なのだ。目覚める前に姿を隠せば良かったのに( かつての俺ならそうしていた )
なのに、何故か・・・その場を、動けなかった。
「 ・・・・・・・・・っ!? 」
両目の照準が俺に合った瞬間、彼女の顔が引き攣った。青白い顔色が、更に白さを帯びる。
「 ・・・・・・あなた、だれ? 」
その呟きに、後悔とか驚愕とか・・・しばらく忘れていたはずの感情が、心を震わせる。
・・・やはり・・・彼女、ではないのだ・・・。
自分がこの世界の『 異物 』だということは、すぐにわかった。
しかし、此処は何処だ?と勘繰る前に・・・降り立った森で、窓辺に居た彼女を見つけて。
周囲を探ることもせずに、ついてきてしまった・・・。
目の前にある『 姫 』によく似たこの顔が、他人の空似とは思えない。
( だが、確かに俺は彼女に手をかけたのだ・・・ )
彼女以外に姿を見られたのならば、消さなければならぬ・・・が。
震えの止まらぬ手で、背負っていた刀を握り、殺すのは難しいだろう。
彼女の瞳には、不安と恐怖の色が広がっている。布団を握っている拳が震えていた。
俺にとっても見慣れぬ世界だが、彼女の目にも忍の俺は特異なものに見えるだろう。
普通ならば悲鳴を上げて、または気絶してもおかしくないようなこの状況に・・・耐えていた。
・・・初めて・・・彼女と出逢った時も、そうだった。
風魔一族の首領として紹介された俺を見て、酷く怯えていた。
だから・・・『 彼女 』の不安を取る、たったひとつの方法を。
( 例え、彼女と違うとわかっていても、無下に出来るほど冷酷な忍ではなくなっていた )
あの時と同じように・・・震える掌をとる( 開いた手には、くっきりと爪の跡が残っていた )
握った拳をゆっくりと開いて、すす、と指先を動かす。
えっ?と驚いたような表情になり、彼女の顔から恐怖が消えた。
「 ・・・ええと、ちょっと待って 」
彼女は慌てたように身体を起こすと、何かを抱えて帰ってきた。
差し出されたのは真っ白な紙と、筆・・・に似たもの( 墨は見当たらなかった )
書いて、と促されて、墨につけずに書くと、黒色が紙に浮かんだ。
「 ・・・小太郎・・・ 」
・・・あの日、無くした・・・彼女の『 音 』。
「 これは、貴方の名前? 」
俺を見上げる、警戒を解いた瞳。
こくり、とゆっくり頷けば、彼女は、素敵な名前ね、とようやく微笑んだ。
その笑みに、右目から一粒だけ・・・涙が落ちた。