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の手は、震えていた。
俺の瞳を真っ直ぐ見据えて( でもその瞳は、酷く揺らいでいた )気丈に笑おうとしていた。
「 小太郎さん・・・あの、私、来週、お誕生日なんです 」
黙ったままでいると、彼女は少しだけ傷ついた様子のまま、あ、その・・・と言葉を濁す。
「 小太郎さんの時代でも、誕生日ってお祝い、しましたか? 」
少し考えてから、首を横に振る。
祝っていた者もいたが、それはごく一部の者だけだ。
「 この時代では、誰もがお祝い、するんですよ・・・それで、ですね 」
顔色が、青から赤へと変化する。言うことを躊躇っているのか、はとうとう視線を外す。
そしてバツの悪そうな表情で、俺の顔と、繋いだ掌へと視線を泳がせていた・・・が。
とうとう覚悟を決めたのか、は俺へと詰め寄る。
「 小太郎さん・・・た、誕生日にひとつだけ、お願いごとしてもいいですか!? 」
・・・お願い、ごと・・・?
俺が、のためにしてあげられることは、限りなく少ない。それは彼女も知っているはず。
( 例えば、いくつかの家事だとか、金銭の発生しないものになると思うのだが・・・ )
それでもいいのなら・・・と思い、彼女に頷いて見せた。
すると、一転しては笑顔になる。小太郎さん、ありがとう!と握った手を上下に振る。
呆気に取られていると、今度は突然、頭を抱えて考え出した。
「 ふと気になったんですが・・・小太郎さんのお誕生日は、いつですか? 」
に問われて、俺も首を捻る。そもそも忍に、生まれた日を記録する意味がない。
繋いでいた手をひっくり返して、その旨を伝えた。
「 そう、なんですか?じゃあ小太郎さんは、自分の生まれた日を知らないんですか? 」
彼女の驚いたような声に、もう一度考えを巡らせて・・・こくりと頷く。
・・・そんなこと、考えたこともなかった。
有るのは、自分が『 忍 』として存在していること。その存在意義だけで、生きてきた。
使える主が居れば、その主の為、と・・・そう、教育されてきたように思う。
「 じゃあ、小太郎さんの誕生日も一緒にお祝いしましょうよ!ね!! 」
パン、と両手を合わせて、いい考えでしょ?と嬉しそうに笑った。
さっきまで・・・震えるほど、戸惑っていた様子など、今のからは微塵も見えない。
「 ( ・・・・・・百面相 ) 」
本当は・・・どう、接していいかわからなかった。
を目の前にして、平然と彼女を見つめる自信がなかった。
本を抱えた彼女の姿を見て、俺には『 』と『 姫 』が同一にしか見えなくなっていた。
初めてに逢った時、彼女を『 姫 』だと思ったのは・・・やはり間違いではなかったのだ。
永く睦みあってきた『 姫 』への想いが、自分の中で一気に息を吹き返す。
愛していたヒトが目の前に現れて、嬉しくない人間など居ない。
心を失くしたはずの・・・忍である俺でさえ、胸躍った。
だからこそ・・・だから、こそ・・・
生き写しのように似ているは、『 姫 』ではないのに。
本の通りに、本当に転生していたとしても、彼女はこの世界で生きる『 』だ。
つい、重ねてしまう自分が嫌で( 彼女は『 俺自身 』をちゃんと見てくれているのに・・・ )
ここしばらく、の視線を逃れるような行動に出ていた。
は、きっと気づいている。
自分に向けられた視線の向こうに、もう一人・・・存在しているのを。
・・・だけど、こうして手を伸ばしてくれた。
「 ( 『 姫 』の面影を消すのには、もう少し時間がかかりそうだが・・・ ) 」
の優しさに、今は・・・甘えてしまいたい・・・・・・。
その小さい身体を抱き締めると、彼女は驚きに声も出ないようだった。
すっぽりと胸に閉じ込めた身体は、抱きしめた時に固まったまま姿勢からぴくりとも動かない。
( ちょっと前まで・・・こんな風に触れ合うことなんて、考えたこともなかった )
少しだけ・・・腕の力を緩めて、の顔を上げたのを確認すると。
『 一緒に、祝おう・・・誕生日 』
口の動きを読んで、頬を赤らめたを・・・もう一度、優しく抱きしめた。