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最後に・・・もう一度だけ、彼女に逢おう。
ようやくそう思えてきたのは、10日以上経ってからだ。
その間、青空が覗くことはなかった。一時的に雨が止むことはあっても、重い曇り空。
「 ・・・・・・・・・ 」
雨宿りした樹の下から、晴れるのことのない空を見上げる。
雨は降り止まない。止まない限り、俺の中の『 』も泣き顔しか思い浮かばなかった。
この雨粒は、その彼女の涙だろうか。ぴちょん、と掌に落ちた雫が、急に愛しく思えてくる。
頬を零れる雫を拭ってやりたい。もう泣かないで、と囁いてやりたい。
別の女性と面影を重ねている・・・そんな俺のために、涙を流さないで・・・と。
「 ( ・・・もう一度、だけ ) 」
遠目から、彼女の姿を拝もう。
の笑顔をもう一度だけ見て、それを瞼の裏に閉じ込めたのなら・・・二度と近寄らない。
俺と彼女は、元々生まれた世界が違うのだ。いつかやってくる別れが、少し早くなっただけ。
だから・・・それが叶ったら、俺はまた生きていける。
この世界に未練はない。彼女の傍を、この土地を離れて『 戻る 』時を大人しく待つ。
元居た世界に戻れば・・・姫は、いない。だから、のことも思い出さない。
忍として、淡々と使命に徹していく。今までと、変わらず・・・・・・。
「 ( 俺は・・・どこで『 変わってしまった 』のだろう・・・ ) 」
姫に出逢って、からか?『 忍 』が『 忍 』でなくなってしまったのは。
どこが分岐点だったかなんて、覚えていない。
「 ( けれど、こんな自分も嫌いじゃないと思えるから・・・重症だ、な ) 」
決意が固まって、少し陰鬱な夢から醒めてきた。
旅立つなら、雨足の弱まっている今が好機。身体についていた露を払うと、木立の間を疾る。
目指すは・・・・・・の、笑顔の元へ。
『 こたろーさん! 』
よく人目を盗んで、が窓辺へと駆け寄ってきた。
きょろ・・・と周囲を伺うようにしながら、姿を隠した俺に口をぱくぱくとさせている。
『 あのね、えーと、きょうは、はやくかえれそうです! 』
わざわざ伝えることでもないのに。この窓辺に立てば、俺が見守っていると知っているから。
( 本当は窓辺の奥にいても、気配を読めるということを、彼女はまだ理解していない )
遠目だからと、いつもより口を読みやすいように、口を大きく開けて。
彼女の、そんな好意が嬉しくて、返事の代わりに風を送る。少しだけ、周囲の樹々が揺れる。
はそれを見て・・・ゆっくりと、嬉しそうに頷くのだ・・・。
「 ちゃん!ちゃんっ!?しっかりして!! 」
・・・いつも窓辺にあった、彼女の姿は其処になく。
建物の中が、緊張で包まれているのが解った。その原因は・・・。
「 救急車来ました!あの、こっちです・・・! 」
バタバタと複数の足音。誰かに、何かを確認するような、数度の問いかけ。
息を合わせて何かを担いだようだ。その気配が、次第に建物の外へと近づいてきた。
元々見えるはずのない位置に身体を置いているが、念のためにと、姿を草陰に更に深く隠す。
「 ・・・・・・・・・っ!!! 」
!!と、叫びそうになった口元を、反射的に手で押さえる。
担架に担がれているのは、窓辺にあったはずの・・・、で。
意識がないのか、ぐったりとしている。担架の揺れに合わせて、滑り落ちた手首が揺れていた。
・・・青白い顔。いつぞやも、こんな風に倒れていた( あの時と、同じ症状、か? )
「 落ち着いたら、連絡するわ。お店、よろしくね 」
は、はい!と、と一緒に働いていた( のを見たことがある )少女が頷く。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まると、を乗せて走り出す白い車。
今すぐにあの車の動きを止めて、中にいるを攫ってしまいたい。
あの細い身体を抱き締めて、あの時のように温めてやれば、彼女はまた笑いかけてくれるのではないか。 小太郎さん・・・と小さく震えながら、俺の手を掴む掌を、握り返してやりたかった。
・・・が、今はこの世界の『 規則 』に従うのが得策、なのだろう。
俺の思いだけでは、彼女の病を根本的に治すことなど出来ないのだから。
もしも、彼女に危害を及ぼす素振りがあれば・・・黙っては、いられない、が・・・。
飛び出したい衝動を必死に抑えて、俺は一呼吸吐く。一瞬で燃え上がった焦りに、喉が渇いた。
草陰の中で、そっと印を組む。
風の流れを読んで、その中に自分の身をたゆたわせる。
車の後を追う道中、俺の中の『 』は相変わらず泣いてばかり、いた・・・。