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・・・ああ、久々に『 此処 』来たんだ・・・。
落ちていた『 意識 』が、緩やかに着地する。
ふわり、と浮かんでいた足を、躊躇うように地面に下ろした。
下ろす、という表現は的確ではないかも。正確には『 意識 』を『 融合 』させるのだ。
『 此処 』の世界に住む、もう一人の『 私 』に・・・。
閉じていた瞳を開けば『 私 』は、彼女の視界でモノを見ている。
目の前に広がる、市場。どうやら小物売り場を見ていたらしい。手に取っていた、精巧な櫛。
ちょっと呆けていた私の顔を、小物屋のおじさんが覗き込んできた。
「 どうだい、お嬢さん。一度つけてみるかい? 」
「 ・・・ううん、これは私のじゃないの。ヒトにあげるものなんです 」
姫様は、どんな櫛を持っていたかしら・・・と『 私 』は頭を捻った。
もちろん、差し上げたものを使ってくださるかは解らないけれど。
こんな風に市場で買ったものが欲しいの、と仰っていたから、何かお心を慰めるものがあれば いいのだけれど・・・と、周囲を見渡す。お祭りが近い今が、一番充実しているはずだ。
「 歩くこともままならない方なので、何か記念になるようなものを探していて・・・ 」
「 なら、これはどうだい?他では見ない、良い簪だよ 」
迷っている私に、おじさんが差し出したのは桐の箱。
紐を解けば、桃色に光る珊瑚がついていて、慌てて私は両手を振る!
姫様付きとはいえ、新参者の侍女ごときの給料では手が届かない品なのは確か。
苦笑したおじさんが、さっき見ていた櫛とお揃いになるという、別の簪を勧めてくれた。
・・・うん、これなら( 懐も )大丈夫かな。
「 じゃあ、この2つで 」
「 ありがとうよ・・・気に入ってくれるといいなあ、その櫛 」
「 うん! 」
お礼を言って、店を離れる。
姫様には櫛を、自分には簪を。お揃いなんて恐れ多いけれど、そんなに悪い品じゃなかった。
気に入ってくれると・・・いいんだけど、な。
・・・と、立ち去ろうとした市場の出口で、私の目を引いた小道具屋さん。
「 あ・・・の、これ、ください! 」
袋から取り出した小銭を支払うと、店先に刺さっていたそれをひとつ抜き取った。
毎度、という小さな声を背に、私は帰途に着く。手に持っていたソレを、眺めながら・・・。
・・・ぽ、っ
頭の天辺が冷たくなった、と思ったら、足元の地面に染みが広がる。
周囲のヒトが小さな悲鳴を上げながら、思い思いの場所へと散っていくのを見ながら、私も 慌てて近くの軒下へと駆け込む。時を待たずに、豪雨が町を襲った。
ざあああぁぁ・・・と音を立てて、町が雨の中に沈んでいく。もうヒト一人、周囲には居ない。
お城までは、まだ距離が随分とある。取り残された私は、軒下から動けず、その場に蹲った。
( あーあ・・・ついてないなぁ )
こんな時、お城までひとっ飛び、とか出来たら、どんなに楽だろう。
・・・そういや、あの忍のヒト。新しく姫様の護衛に就いた彼は、すごく優秀な忍だと聞いた。
先日、姫様は私に『 彼のお世話役も引き受けてくれない? 』と頼まれたのだけれど・・・。
すごくとっつきにくいヒトだから、侍女の誰もが怖がって引き受けないのだという。
私も最初は怖々引き受けたけれど・・・だんだん、解ってきたのだ。
顔の半分は黒い仮面に覆われていて、確かに表情は読み辛い。
でも、その顔にもちゃんと喜怒哀楽があって。だんだんと自分に、心を許してくれてるのが解る。
手負いの獣を餌付けしてるみたい、と思い出し笑いを浮かべた時・・・。
しゃがんだ足元に、黒い羽根が舞い落ちた。
顔を上げる。私の前に立った黒装束の男は、たった今思い出していた、忍だった。
どうしてここにいるの、姫様の警護は・・・?と問いかける前に、彼が私の手を取る。
『 姫の命で、迎えに来た 』
そう掌に書いて、こくりと頷く。 ありがとう、と言って頭を下げると、男はふるふると首を振った。
城まで連れて帰ってくれるのだろう。私に差し伸べた手に・・・それを、握らせた。
「 ・・・・・・・・・? 」
「 今、そこで買ったんです。玩具だけど、貴方に似合う気がして 」
紅い、風車。突然の贈り物に、彼はずいぶんと驚いた様子だったけれど・・・。
私がふ、と息を吹きかける。雨の湿気の中でも、それはからから・・・と音を立てて回った。
彼も息を吹きかける。羽根が回るのを見て、瞳が少し嬉しそうに輝くのが見えた。
他人から見れば、表情が全く動いていないように見えるのだろうけど、慣れれば随分と 感情豊かに現れているのが解る。子供のような素直な反応。そこが、彼の魅力なんだろうけど・・・。
・・・姫様と、彼が急速に惹かれているのは、見ていて解る。
それは、周囲が認めるような縁組ではない( きっと本人たちも、解っているだろう・・・ )
だけど私には・・・主である姫様も、お世話してきた彼も、大切なヒトだ。
二人に、不幸になって欲しくない。それだけは、真実の気持ち。
( たとえ、私の『 恋心 』が、報われなかったとしても・・・・・・ )
『 ありがとう 』
唇が動いて、嬉しそうに微笑む。どういたしまして、と言った私の頬も、きっと緩んでる。
今度こそお城に連れて帰ってもらうために、愛しいその掌に、自分のを重ねた。
確認するようにこちらを見た彼に、私は大きく頷いて、声をかける。
「 ・・・お城までよろしくね、 」