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の意識が戻らないまま、過ごすことニ刻。
先程までの喧騒が、嘘のようだ。すっかり彼女の病室は落ち着いている。
この建物に運ばれてから、幾人もの人が彼女の周囲を囲んで、顔色を覗き込み、腕に針を刺したり、 何かを検査している様子だった。中でも、一人の男が中心に立ち、指示を出していた。

「 さんのお勤め先の方ですね。僕は、彼女の主治医を務めております 」
「 あ、あの・・・さんは・・・ 」

、というのはの苗字だ( ここでは、身分に関係なく姓を持っていると聞いた )
と一緒に同乗してきた彼女に、主治医を名乗る男はにっこりと微笑んだ。

「 大丈夫です。処置は施しましたから、そのうち目も覚めるでしょう 」
「 私、彼女のご両親のご連絡先とか、仕事場に残してきてしまったんですが・・・ 」
「 保護者の方には、病院から連絡しますので、ご安心下さい 」
「 そうですか・・・ 」

ほっとした表情を浮かべ、眠るに、お店に戻るわ、お大事にねと告げて去っていった。
見届けた主治医・・・と名乗る男が、周囲に再度指示を出す。
その作業は半刻ほど続いた。そして、彼らもこの病室を後にする。

建物の中でも、随分と奥まった位置にあるこの部屋に響くのは、雨の音だけ。
雨音の満ちる空間の中に、身を隠していた天井裏から、音も立てずに忍び込む。



ようやく・・・俺は、の傍らに姿を現した。



「 ( ・・・、 ) 」

さっきよりも少しだけ、落ち着いた表情をしている。心なしか、顔色も戻っていた。
眉間の皺を解いて、すう・・・と安らかな眠りに落ちている、
今の今まで、気が気じゃなかった。彼女に触れる誰かの手に、武器が握られていないか、とか。
部屋の中にいる人間が微塵でも殺気を出すようものなら、と、常に苦無に触れていた。
間近に、彼女の表情を見て・・・俺は、ようやく肩の力を抜く。

「 ・・・・・・・・・ 」

どっと疲れが出たのか、ベッドの横にあった椅子に腰掛ける。
布団の間から伸びた、白く、細長い腕を見つめた( そこには、数本の管が刺さっていた )
針を外さないように・・・そっと、その腕をとる。

『 ただいま 』

と、俺は彼女の掌に書いた。



・・・ただいま、

本当は、君の顔を見るだけにしようと思ったのに、こうして離れられずに居る。
いつかの、発作だといっていたやつだな・・・大丈夫か?もう、苦しくないか?
の辛い時に、傍に居てやれなくて、すまなかった。
本当のことも告げず、たくさん隠し事ばかりしていた上に、迷惑をかけて、すまなかった。
手を振り払って、傷つけて、泣かせて・・・本当に、すまなかった。

まだ・・・間に合うだろうか。
どうか、その瞳を開いて、俺を見つめて。怒っていても構わないから、どうか君の瞳を見せて。





自信を持って、君に告げることは出来ないけれど

やっぱり、・・・俺は、君が・・・・・・好き、なんだ・・・・・・





( どんな事実があろうとも、この気持ちだけは確かなもの・・・だから )





伝えたいことは、たくさんあった。
けれど、掌には書ききれない想いに胸が膨らんで、涙となって掌を伝った。
の指先に零れて・・・その涙が、ぴくり、と跳ねた。信じ難い気持ちで、俺は顔を上げる。

「 ・・・・・・・・・こ・・・、 」

長い沈黙の後、見たくて堪らなかった瞳が、2、3度瞬きを繰り返す。
そしてゆっくりと・・・こちらと視線を投げかける。彼女が、俺の姿を認めて・・・。


乾いた唇が、持ち上がった。


「 ・・・こた、ろ・・・さん・・・ 」

、と腰を浮かす。頬に手を伸ばして、そっと触れると、彼女がふふ、と嬉しそうに笑う。
ああ・・・ようやく見れた。俺が、望んで止まなかった・・・笑顔。

「 もしかして・・・泣いて、いるんですか・・・? 」

ふるふると首を振ったけれど、その度に雫が頬を伝うのだから隠しようがない。
意地っ張り、と笑うと、管のついた手をそろり、と伸ばして、顎を撫でる。
頬を伝った雫を、指先がなぞった。





「 泣かないで、小太郎さん・・・どうか、泣かないで、下さい・・・ 」





・・・それは、俺の台詞だったのに。
でも、何も言えなくて。縋るように、俺は顎に置かれたいた、柔らかい彼女の手をとった。

締め付ける胸の想いを・・・ぎゅっと握ったその掌に、閉じ込めた。