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「 置いて、いかないでね 」

小さな、小さな呟き。全神経を彼女に集中させないと聞こえないくらい、の。
俺の背中を包み込むように、細い腕が優しく背中を撫でる。
伝わってくる温もりに・・・濡れた瞳を閉じた。


・・・ああ、約束する。もう、君に黙って出て行ったりしない。
この世界にいられる、最期の瞬間まで・・・の、傍にいる。


「 小太郎さん 」




俺の名を『 呼んで 』くれる・・・キミの、傍にいる。












目覚めたは、そのままこの病院と呼ばれる場所で、検査をすることになったらしい。
午前中は、彼女の担当医や看護婦と呼ばれる女性が、主にの体温や健康状態を調べる。
夜が近づくにつれて、は少し熱を出したり、苦しそうな呼吸を繰り返し・・・。
彼女に触れる誰かが、強いているのではないかと錯覚して、つい歯軋りしてしまいそうになる。
殺気立つのが、彼女にはわかるのだろう。宥めるように、首を振って微笑む。
『 大丈夫だよ、小太郎さん。ここには、私を傷つける人はいないよ 』
そう言った彼女の言葉だけを信じて、俺は見守る・・・正確には、見守るしか、出来ないのだ。
( けれど、弱々しく差し伸べられた手を撫でると、ふ、との呼吸を落ち着くことがあった )

そんな、治療と検査の合間に。
人が周囲にいないのを確かめて、が呼んでくれるのを天井裏でひっそりと待っていた。

「 ・・・小太郎、さん 」

閉じていた瞳が、ぱち、と開いて。天井に向かって、声をかけた。
( それがどんなに小さな声だとしても、この俺が聞き逃すわけがない )
音もなく、降り立った俺の姿を見て、が微笑んだ。

「 ちょうど、日が沈む頃・・・ですよね。屋上まで行きませんか 」

今日はよく日差しが窓から入ってきたから。こんな日の夕焼けは、すごく綺麗なんです。
陽が完全に沈んだ後は身体は冷えるかもしれないが・・・まだ、この時間なら平気、か。
こくり、と頷くと、彼女の表情が途端に輝いた。
横たわらせていた身体を起こして、椅子にかけてあった羽織を手に取り、床に足を下ろす。
スリッパと呼んでいた履物に足を入れて、ふらつきながら立ち上がる彼女に手を差し伸べた。
ありがとう、と小さく微笑んで、差し伸べた手に引かれるようにして、俺の胸に収まる。
静かに瞳を閉じたは、もうわかっているのだ。次に瞳を開けた時には、目的の場所だと。

こっそり微笑んだ俺は、静かに印を切った。

「 ・・・・・・わぁ、やっぱり! 」

髪を撒きあげる風に、が目を開けて、屋上の手摺にしがみついた。
そこから見えた夕陽は、彼女の言うとおり、絶好の景色で。
言葉を持たぬ俺も、言葉を失ったように・・・目の前の光景に、釘付けだった。
隣に立ったが、いい風、と気持ちよさそうに呟く。



・・・風は、時代を超えて平等だ。
どこにいても、どんな時でも、常に世界を駆け巡るように、吹き渡る。
そんな『 風 』になって、俺はこの時代にやってきて、彼女と出逢った。

魂の輪廻。

そう呼ばれるものなのか、わからないけれど・・・俺は、よかったと思えるのだ。
この時代に来て。と出逢えて・・・恋に、堕ちて。



ふ、と視界が揺らぐ。その揺らぎが次第に、視界全体を覆いつくして・・・。
眺めていた夕陽のカタチが、ぐにゃりと歪んだ、瞬、間。

「 ・・・こ・・・小太郎、さ、・・・・・・ッ!!! 」

・・・悲痛なまでの、の叫び声が風の中で響いた。