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その人の瞳の色は、少しも見えなかったのに。
放っておけないと思った。ここで手放したら、二度と逢えない。
だから、捨てられた子猫を拾うような、感覚で。
彼に・・・小太郎さんに、手を伸ばしたのだった。
ごくり、と息を呑んで緊張している私とは対照的な、お店の前で。
低音の響く店内に入るのに気が引けて・・・こうして佇むこと10分。
「 ( ど・・・ど、どどっ、どうしたらいいの!? ) 」
お、男物の服が売っているお店なんて、入ったことないからきっ、緊張する!
でも、こうしていても始まらないよね、うん・・・と思い直して、ガラス扉に手を伸ばす。
・・・が、その扉があっさりと内側から開いて、出てきた影に思わず悲鳴を上げた。
「 ひゃあああ!? 」
「 ・・・お嬢ちゃんさ、なんか、うちで買い物?ずっと店の前にいるからさ 」
「 あ・・・え、っと、あの・・・すみません・・・ 」
「 いや、探しものなら手伝うよ?女の子でも着れる服もあるし・・・ 」
「 ・・・い、いえっ!男のヒトの、服を探しているんですっ!! 」
そっか、どんなのがいいの?
見た目ほど怖くない店員さんが、お店の中に招き入れた私に、微笑んだまま尋ねてくる。
ええっと・・・小太郎さんは、私よりも随分大きくって、でも身体は引き締まっていて・・・。
一緒に住み始めて、まだ3日。
別の世界から来たという、不思議な旅人の涙を思い出して・・・私はつい、無言になってしまう。
「 ( この『 カンジ 』・・・どこかで・・・ ) 」
一滴だけ零れた涙に、私ははっとなって、彼の仮面の奥を見つめた。
そのまま動かない私を見て、小太郎さんが少しだけ、首を傾げたのがわかった。
・・・そう、彼は全く動いていないのに。
『 首を傾げた 』って・・・どうして私、わかるの・・・?
「 小太郎さんって・・・風魔、小太郎、さん、ですか・・・? 」
「 ・・・・・・・・・っ!! 」
がばっと身を乗り出して、私の両肩を強く掴んだ。突然のことに、小さく悲鳴を上げる。
思い出したのか!?とでも言いたげな表情で、私に訴えているような・・・。
違う・・・小太郎さんとは、これが『 初対面 』なのは間違いないのだ。
小太郎さんとの想い出など・・・残念ながら『 私 』の中には、欠片もない。
( あれ、でも・・・どうして、私、小太郎さんの苗字まで知って・・・? )
「 ・・・ごめんなさい 」
それを伝えると、肩にあった手の力が抜ける。そして・・・ゆっくりと俯く。
また泣いているんじゃないかと思って、私は小太郎さん、と声をかけた。
( 何故だろう・・・どんな奇妙な格好をしていたとしても『 彼 』が心配で堪らなかった )
「 私、ずっと小さい頃から見ている夢があるんです。昔の・・・戦国時代にいる頃の、夢 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 そこで、小太郎さんのことを見たことがある気がするんです。思い出せないんですけど。
あ、ううん、思い出せないというか・・・勘、みたいなもんで・・・あの、とにかく、その 」
・・・上手く、まとまらない。
何て説明すればいい?どう言えば・・・この人を、引き止められる?
どこにも行かせたくない。その気持ちだけが先行してしまって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「 ( どうして、彼をとどまらせたいと、傍にいて欲しいと思うの・・・? ) 」
ない知恵絞って、まとまらない言葉たちを束ねていたところへ、差し出される紙と鉛筆。
・・・あ、書けってこと?見上げれば、小太郎さんが頷いている。
さっきみたいに、強い意思表示はなかった。だからこそ、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
自分の中に・・・彼が求めている『 何か 』が『 ない 』ことを・・・。
だから、私は鉛筆を走らせて、今一番伝えたい一言だけを・・・書いた。
『 しばらく、ここにいてくれませんか 』
小太郎さんは、読み取って・・・・・・こくり、と頷いてくれた。
「 ただいまーぁ 」
後ろ手に扉を閉めれば、リビングの奥から、ひょこっと顔を出す姿があった。
靴を脱ぐのに手間取っていると、素早くやってきて、手に持っていた荷物を持ってくれた。
「 あ・・・それ、小太郎さんの、なんです! 」
「 ・・・・・・・・・? 」
彼の手に渡った大きな紙袋を指差せば、不思議そうに私と紙袋を見比べた。
脱いだ靴をそろえると、小太郎さんごとリビングへと引っ張る。
見合うように座って、ばさばさと紙袋を振った。
紙袋の中身を、床に並べると・・・彼はちょっと驚いたように、身体を少し引いた。
「 その格好では窮屈だろうと思って・・・こっちいる時は、よかったらこれを着て下さい 」
私じゃワンピースになるんじゃないかって思うくらい大きいTシャツと、ズボン。
細かいサイズがわからなかったから、ウェストはゴムだけど。
お店のヒトに相談したら、上手にコーディネイトしてもらえたのだ( さすがプロ! )
私一人ではそこまで思いつかなかった・・・これで、気に入ってもらえたら、なお嬉しいんだけど。
とうの小太郎さんは、広げた洋服を見つめたまま、動かなかった。
「 ・・・こ、たろう、さん? 」
気に、入らなかった・・・?
と聞こうとすると、最初は弱く振っていた首が、急に早くなる。
ぎょっとした私の両手を、彼はぎゅうっと握った。
『 ありがとう、 』
薄い唇が、動いて・・・そのまま、弧を描く。
初めて見た小太郎さんの笑顔に・・・・・・心臓が、止まりそうだった。