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窓から差し込む光を感じてカーテンを開ければ、予想以上の快晴。
思わず頬を緩ませる。すると、私が起きた気配を感じたのだろう・・・ノックが部屋に木霊した。
はい、と答えると、かちゃりと音がして扉が開く。 隙間から赤髪が覗くと、笑顔で挨拶した。
「 おはようございます、小太郎さん 」
『 約束 』の場所は、ここからバスと電車を乗り継いで片道2時間半。 ちょっとした小旅行だ。
今住んでいる場所は内陸だから、海岸線まで出るには割と時間がかかる。
それでも・・・海が見たいと思った。小太郎さんと、思い出作り・・・したかった。
お弁当を作るのは、体力的に難しそうだったので、途中で買うことにして・・・。
う、うん、それも旅の醍醐味だよね!( と、割り切ることにしたというか・・・ )
昨日のうちから選んでおいた服に袖を通して、小太郎さんの待つリビングへと顔を出す。
彼は、大きな鍔のついた帽子を私に差し出した。
・・・被って行った方がいい、と言いたいらしい。
帽子を受け取ってご要望どおり被り、どう?と見上げると、彼が満足そうに頷く。
お財布やハンカチをつめたバッグを肩から提げて、マンションの外へと出た。
二人でバスに乗るのは、二度目だけど、もう慣れたものだ。
お金の勘定方法を覚えた小太郎さんは、バスのドアが開くとさっと二人分の賃金を入れる。
私の手を引いて、いつかのように、一番後ろの席に座った。
エンジンが動き出したときの衝撃で、私の身体が跳ねる。
そのまま小太郎さんの胸に飛び込むようにして、雪崩れ込んだ。
慌てて離れようとしたが、私の肩を引き寄せる大きな掌があった。
「 ・・・小太郎、さん? 」
ちらり、と伺うように見つめると、彼の視線は外へと向けられていた。
以前には・・・なかった反応( 初めて乗った時も、こんな風に抱き締めてくれたっけ )
けれど、薄く染まった頬が、今、彼が何を考えているのかはっきりと物語っていた。
私は、そのまま甘えるように身体を小太郎さんへと預けることにして・・・目を、閉じた。
・・・ん、ととん・・・。
「 ・・・・・・ん・・・っ、 」
叩かれているのは、自分の肩だった。ごとり、とバスが揺れて目が覚める。
アナウンスが告げた、駅前の停留所の名前・・・小太郎さんが、これに気づいたらしい。
( 事前に、どのバス停で降りるのか教えておいて正解だったかも・・・! )
「 あ、はい、降ります! 」
ビーと鳴ったブザー音に、隣の彼が驚いたようだけど、気にしている余裕はなかった。
小太郎さんの手を取って、ステップを降りる。ここからの乗り換えの時間は、少なかったはずだ。
切符を買って一枚彼に渡すと、見ることが初めてだったこともあって、不思議そうに見ては、 太陽にかざしたり、振ってみたりしていた。
非常に微笑ましい光景だったけれど、発車のアナウンスに駆り立てられる!
「 どっ、どどど、どうしよ・・・間に合わな・・・!きゃああっ!! 」
身体が浮いた・・・と思ったら、小太郎さんに抱きかかえられたようだ。
お姫様抱っこに照れる暇も、揺れに酔う暇もなく、突然・・・目の前の景色の『 色 』が消えた。
気が付いた時には、背後で電車の扉が閉まる音。
彼の胸の中で呆気にとられている私を見下ろした小太郎さんが、ボックス席へと腰を下ろして、 し・・・と唇に指を当てた。
平日の昼間の電車には乗車するヒトが少なかったからよかったものの・・・。
小太郎さんが、瞬間移動の忍術を使うのは初めてじゃないけれど、こんな人前では初めてだ。
でも小太郎さんって・・・こんな、大胆なこともするヒトだったんだ。
電車の走る音に混じって、くすくすと肩を揺らして笑うと、彼も少し笑った。
30分も経った頃だろうか。 トンネルを抜けると、ひときわ大きな風が吹いて、髪がなびく。
つられるようにして覗いた窓の向こうに・・・。
「 こ、たろーさんっ!海・・・海です!! 」
はしゃいだ私を横目に、彼も身を乗り出す。
窓に張り付いた私の横に並んで、きらきらと輝く海原へと視線を向けた。
「 ・・・楽しみですね? 」
と言うと、小太郎さんはこくり、とひとつ頷いた。
海岸に隣接する駅へ到着するアナウンスが流れると、小太郎さんは私の頭に帽子を載せて、 ぽん、とひとつ叩いた。行こうか、と促す意味だ。差し出された手は、とても温かかった。
私はその手に自分の掌を重ねて、電車の外へと飛び出した。
もうすぐ、到着する。
私と小太郎さんの・・・『 約束 』の地へ。