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この時代の『 海 』に来るのは、初めてだった。

海の色も薄いし、潮の匂いも弱いように感じたが、間違いなく海だった。



途中で買った昼食を済ませ、勢いよく立ち上がったは、海へと駆けていった。
そのまま海へ入るつもりかと焦ったが・・・そうではなかったらしい。
浜辺で、打ち寄せる波と遊んでいる。寄せては還す波を相手に、はしゃいでいた。

( ここのところ・・・気が気ではなかったのだろう )

俺が、病院の屋上で消えかけた時から。
あの時の彼女の表情が・・・忘れられない。恐怖に引きつった、あの顔。
毎晩何度も泣いているようだった。けど、洗い流せなかった不安が、心の奥に溜まっている。
その上、明日は突然の手術ときた。気丈な彼女でも、弱くなって当然だった。
取り除いてやりたいと思う・・・でも今の俺に出来るのは、抱きしめてやることだけだった。

その対処方法だって、今ではもう、気休め程度にしかならないと、わかっていても・・・。



深く息を吐いて、を見つめる。
樹々の多い場所と違って、海辺は太陽の光を直に浴びるから、と思って被せた帽子を、 風に飛ばされないように必死に押さえている。閑散期の海は人気もなく、風も強かった。
時折・・・海の向こうの、遠くを見つめたまま、固まったように立ち竦む彼女は、 何に思いを馳せているのだろう・・・( 祈っているようにも、見えた  )

「 ( せっかく誕生日を祝いに来ているというのに、俺は、喜ばせることも出来ない ) 」

ただでさえ小さな彼女の姿が・・・一層、小さくなったような気がした。
見つめているのに耐えられなくて、の傍へ行こうと、腰を浮かせた時だった。

「 きゃっ! 」
「 ・・・・・・・・・!! 」

小さな悲鳴に、すかさず手を伸ばす。
足を滑らせたが、波打ち際でひっくり返ろうとしている瞬間だった。
咄嗟に忍術を使って移動し、の両手を掴んだはいいが・・・膝まで海に浸かってしまった。
放心したような彼女と目が合うと・・・突然、大きな声で笑い出した。

「 ふふ、ふっ、あははははは・・・っ!! 」

きょとん・・・としている俺を置き去りにして、はそのまま海の中へと走り出した。
音を立てて、海へと入っていく。沖まで行くつもりかと、止めようとした俺に振り返る。
えい!と掛け声と共に、顔に向かって海水を跳ね飛ばした。
咄嗟に避けたが、簡単に避けられたことが気に食わなかったらしく、何度も挑戦する。
その合間を縫って近づこうとすれば、彼女は逃げるように捕まえようとする腕をかいくぐった。
強行突破するしかないか・・・と思った時、小太郎さん!とが声を張り上げた。

「 小太郎さーんっ! 」

すっかりびしょ濡れになって、叫ぶ。
それは俺を呼ぶ、というよりも、周囲に向かって吼えているように見えた。

「 小太郎さぁーんっ!! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 こ、た、ろぉ、さあーんっ!! 」

最後は広がる空を仰いで、海の中に佇んでいた・・・。
しかし、すぐに俯く。小さく震えていた肩。笑い声が・・・すすり泣きに変わった。
かける言葉も持たない俺は、せめて振り向かせようとに近づく。
けれど、手を伸ばす前に・・・小太郎さん、と彼女が顔を上げて、振り向いた。



「 私・・・今、とっても幸せです! 」



午後の、少しだけ夕焼けが射してきそうな・・・桃色とも橙色ともつかない、空を背に。
泣きたいのを必死に抑えたようなが、俺に、笑顔を向ける。

「 どんな事情があってもいいんです・・・この時代で、小太郎さんに出逢えて。
  呼べば、傍に来てくれる距離にいる。呼べば、応えてくれる距離にいる・・・。
  それが・・・その事実が、私にとって一番の誕生日プレゼントなんです!! 」

涙でぐしゃぐしゃに濡れた、の顔。
額に張り付いた前髪を書き上げながら、力いっぱい心の奥底から叫ぶ。
掠れた声で・・・それでも一生懸命に俺に『 伝えよう 』とする言葉に、懸命に耳を傾けた。

「 一緒に笑えて、泣いて、驚きも悲しみも喜びも、わずかな期間で感じたたくさんのこと。
  だって全部、私のものなんです!全部・・・小太郎さんが、くれたもの、だから・・・っ!! 」

抱き締めると、彼女の『 匂い 』がした。
何度か嗅いだこの匂いを、今ほど愛しいと思った瞬間はない。

閉じ込められるのならば、切り取れるのならば・・・どうか、今『 この瞬間 』を・・・。











どちらともなく・・・唇を、重ねた。











一度離すと、泣いていたが微笑む。俺も・・・微笑む。
ゆっくりともう一度重ねた口付けは、潮と、の涙の味がしたが、どこか甘くて。


そのまま『 彼女 』に酔うような感覚に・・・身を、委ねる。




二人の心がここにようやく繋がり、満たされていくのを感じていた・・・。


( 俺にとって、その絆こそが・・・一番の誕生日プレゼント、というやつだった )