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窓から流れる、優しい風の調べ。
カーテンがふわりと舞い上がると、時間差で私の頬を撫でる。
季節的にもう寒く感じてもいいのに、今日の天気のせいだろうか、とても心地良い風だ。
その心地良い風に誘われて、瞼が落ちるまで、そう時間はかからなかった・・・。
「 小太郎さん・・・ 」
他に誰もいない病室で、二人きり。
ベッドサイドに座った小太郎さんが、私の手を握っている。
昨日、海から帰ってくる間も、ずっとずっと・・・。
・・・枯れ木のような、細いだけの手なのに。
そう思うと恥ずかしかったが、温度がより伝わるように思えてきて。
全神経をその手に集中させる・・・少しでも『 彼 』を感じたかった。
きゅ、と握ると、小太郎さんが私を覗き込む。
「 怖くない、といえば嘘になります・・・だから、ねえ、小太郎さん 」
「 ・・・・・・・・・? 」
「 手術の間も、いつもみたいに、天井裏で見守っていてくれますか? 」
あまり負担になるような『 お願いごと 』は控えたいけれど。
このくらいならいいのかな・・・とボーダーラインを手探りしながら『 お願い 』してみる。
すると、小太郎さんはちょっとだけ考えて、首を縦に振った。
ありがとう・・・と笑うと、彼も口の端をあげる。
・・・本当は、端から見れば、ぴくりとも頬なんて動いてないように見えるのだろう。
だけど、私にはわかる。いつの時代かから、貴方を見てきた『 私 』にはわかる。
『 私 』は、前世の姿なのか・・・同じタイムラインで生きてきた人なのかすら、わからない。
わかっているのは・・・小太郎さんを思う気持ちは、私だけのものだということ。
先程打った麻酔が、徐々に身体に浸透していくのがわかる。
瞼が落ちるまで、あと少し。
「 小太郎さん 」
彼の名前を呼べば、振り返ってくれる様を見れるのも・・・あと、少し・・・。
「 あ、あの・・・ひ、ひとつ、ひとつだけ・・・お願い、が 」
頬が熱くなるのがわかる。た、確かにこの『 お願い 』はとっても恥ずかしいのだけどもっ!
でも、きっと・・・今、が最後だから。どうしても『 欲しい 』のなら、言わないと。
麻酔に逆らうように、テンションが上がってきた私の様子に、小太郎さんが腰を浮かせる。
どうした?というように、顔を近づけてきたのが、むしろ仇だとなって心臓が跳ね上がった。
( きゃーきゃー!もうだめぇ!! )
「 こ・・・こた、こたろ、さんっ! 」
「 ・・・・・・・・・!? 」
「 あの、あの!あまりせ、せま、られるとっ!! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
自分の行動のせいだとようやく気づいたのか、その顔が少しだけ意地悪な表情になって。
そのまま身体を伸ばして、とん、と私の額に唇を付けた。
固く瞑った瞳を解いて・・・真っ赤になりながらも、小太郎さんへと視線を向けた。
意地悪が成功して、可笑しそうに笑いを浮かべた彼の紅い髪が、風に揺れている。
二人であの日見た・・・夕焼けの色と、同じ、髪の色。
「 小太郎さん、唇にも・・・キス、してください 」
唐突な発言に、自分で自分の口を塞ごうとしたけれど、もう身体が動かなかった。 彼が単語の意味を理解しかねた様子だったけど( だって私・・・『 キス 』なんて教えてないもの! )
その時の私は、もう完全に舞い上がっちゃっていて・・・!
どうやら『 何 』を要求したのか理解して、再度近づいてきた彼の影に、ぎゅ、と瞳を閉じた。
柔らかい感触が・・・唇を通して、私の心を麻痺させる。
もう薄くしか開けなかった視界に、顔を離した小太郎さんが映った。
、と彼が私の名前に合わせて唇を動いたのを見た( その声なき声も・・・好きだった )
「 ・・・・・・ありがとう 」
力尽きるように、瞼を閉じる。
最後の最後に感じたのは・・・開いた手のひらに文字が綴られていく、あの感覚。
『 おやすみ。よい夢を・・・ 』
・・・うん、そうですよね、小太郎さん。
これからもずっと、ずっと私はこの『 時代 』で生きていきます。
小太郎さんとの出逢いが『 泡沫 』なんてものにならないよう・・・私、ずっと覚えています。
過ごした時間が夢のように消えてしまわないよう、忘れずに、これからも生きていきます。
( ・・・・・・好・・・き・・・・・・ )
大好きです、大好きです、小太郎さん・・・・・・
意識が、光の中に溶けた。