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これが『 テレビ 』、これは『 ソファ 』・・・。
『 姫 』に良く似た彼女が書いてくれた紙を見ながら、ひとつひとつ確認していく。
一度記憶したことは忘れない方だが、此処は俺のいた『 世界 』とはあまりに違いすぎる。
確認しながら、形状と用途と名前を覚えていく。
のいるこの部屋は、城ひとつよりもずっと狭い。半刻もあれば、すべて覚えられるだろう。
・・・やはり、文字を先に覚えて正解だった。
意思疎通が図れれば、覚えるのも早い。自分の時代に活躍したものも、この時代にある。
一通り確認し終えて、椅子に座る。手入れされた、艶やかな台を撫でた。
床に座って食事をすることはなく、この『 テーブル 』と同じ高さの椅子に座って食べるという。
郷に入らば郷に従え。そういうものだと認識すれば、あっさりと受け入れられた。
「 ・・・・・・・・・ 」
俺は、いつまでここにいるのだろう。
まだこの世界に来て、3日しか経っていなかったが、気がつけば『 還る 』ことを考えている。
もうあの時代に用はないのに。彼女を失った日から、俺の世界は閉ざされた・・・。
「 ( ・・・それでも ) 」
それでも・・・心のどこかで還らねば、と思うのは『 約束 』があるからだ。
輪廻の果てで出逢うため。今度こそ、公に結ばれたいと思うため。
今の『 生 』を、あの時代で全うしてこそ・・・叶うはずの『 約束 』なのだ。
硝子窓の向こうから見える、くすんだ空に目を向けて、ため息が零れた時だった。
「 ただいまーぁ 」
がちゃがちゃ・・・と聞き慣れない音がして、扉が開く。
遠くから伺えば、大きな荷物を両手にぶら下げているがいた。
・・・ああ、草履を( 靴、というのか )脱ごうとしているのか。
荷物があっては脱ぎ辛いだろうと思い、その荷物を持ってやると・・・。
「 あ・・・それ、小太郎さんの、なんです! 」
「 ・・・・・・・・・? 」
ぽい、と玄関に靴を脱ぎ捨てると、が俺を引っ張る。
滑り込むようして床に座って、俺の持っていた荷物を逆さに振って中身を出した。
予想よりも中身が入っていて、思わず、驚いて身体を引いた。
「 その格好では窮屈だろうと思って・・・こっちいる時は、よかったらこれを着て下さい 」
が差し出したのは、どうみても彼女が着用するには大きい服。
ひとつひとつ並べながら、すごくお店に入るのに緊張してね・・・と経緯について話してくれた。
頷きながら彼女を見れば、その表情は満足そうに輝いている。
どうして彼女は、そこまで俺に尽くしてくれるのだろう・・・。
は、まるで警戒しなかった。最初から、俺のことを両手で受け入れてくれた。
ここで俺が寝起きすることも。どんな時代だって、異性が住み着けば、誰だって不安だろう。
その・・・襲われたりしないかどうか、とか・・・( たとえ相手にその気がなかったとしても )
俺が『 姫 』と間違えて彼女に接するのとは、ワケが違う・・・。
けれど彼女は、傍にいて欲しい・・・と引き止めた。
慣れない店に緊張しながら入って、俺のために服まで用意してくれた。
は、まだ逢ったばかりの俺のを、信用してくれている、というのか・・・。
「 ( こんな・・・俺の、こと・・・を、 ) 」
自然と唇の端が持ち上がる。
・・・返す言葉は、ひとつしか思い浮かばなかった。
いつも俺が『 嬉しい 』と思う言葉を、君に。に・・・『 嬉しい 』と、思って欲しい、から。
『 ありがとう、 』
音にはならなかったが、動いた唇を読んでもらえたのか。
彼女の瞳がぱちくりと、驚いたように見開いて・・・満面の、笑顔となった。
それが何よりの『 褒美 』なのは、今も昔も変わらない。