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「 小太郎さーぁん、 」



ご飯ですよ、と見えなかった姿を探す前に、ぽん!と背中に手が当たる。
わっ!と悲鳴を上げて振り替えれば、頭ひとつと半分くらい長身の彼が私を見下ろしていた。
小太郎さん、朝食にしませんか?と問えば、頷く。
音もなく動くと、いつも座る私の椅子を少し引っ張って、座るよう促した。
腰を下ろすタイミングに合わせて、上手にスライドさせる。
ありがとう、とお礼を言うと、少し固まってから・・・また頷く。
( ・・・小太郎さんは、この言葉に特に反応するような気がする )

「 いただきます 」

リビングに私の声だけが響いて。私たちは、即席で用意した朝食を、空っぽの胃に詰めた。
ハムエッグに炊き立てのご飯とスープ・・・という至って簡単な朝食。
小太郎さんは男の人だから、もっとがっつり食べたいかと思ったのだけど、そうでもないみたい。
( 多分、洋食になれていないからだ思うんだけど・・・ )

テーブルの真ん中に置いた、大きなスケッチブックに、小太郎さんが鉛筆を走らせる。
行儀が悪いけれど、まだ全ての表情を読み取れない私は、こうしないと彼とコミュニケーションがとれなかった。 そこには、流れるような文字じゃなくて、現代っ子の私でも読み取れる文字で書いてある ( 覚えの良い小太郎さんが、私に合わせて学んでくれたのだ )

『 は、今日もバイト、か? 』

「 ううん、お休みです・・・いつも、小太郎さん一人、ここに置いてけぼりにしてすみません 」

そう言うと、彼はふるふると首を横に振った。
バイトの間は、小太郎さんにお留守番をお願いしていたから。



・・・見知らぬ他人に、家を預けるだなんて、ちょっと前の私なら考えられなかったけれど。
恐れるようなことは何もない。どこからか沸いてくるこの自信は、一体何なのだろう・・・。

普通なら、一人暮らしの女の家に突然現れた男の人を住まわせるなんて、常識外れだと思う。
いつ・・・酷いことをされても、おかしくない状況なのに。
絶対に小太郎さんはそんなことをしない人だって・・・『 知っている 』のだ。



『 彼 』を・・・『 知っている 』。私の中の『 何か 』そう告げている。

( その正体だけは、どんなに自分に問うても答えの出ないものだったけれど )



出逢った時から、たくさんの疑問が浮かんでは消えて、浮かんでは消えていく。
でも・・・もう考えないことにしたんだ。それが、この一週間考えて、出した結論。

( だって、どんなに考えても結果的に、彼が傍にいてくれること以外、望んでいなかったから )



「 だから、今日は一緒に買い物に行きませんか?お天気もいいですし・・・。
  小太郎さんが、ここで生活するのに必要なものを買いに行こうかと思っているんです 」

とりあえず、の洋服は手に入れたけど、先々を考えるならちゃんと揃えておきたいと思うし。
本人じゃないとわからないような、必需品もあるかもしれない・・・。
どうでしょう?と問えば、ちょっと戸惑ってから首を振る。
ううーん、これは嫌なんじゃなくて、申し訳ないから遠慮しているってことかな・・・。

「 ・・・ね、一緒に行きましょうよ 」

もう一度微笑めば・・・彼は、ついに観念したかのように、首を振るのをやめて、頷く。
その頬が、ほんのり赤くなっているのがわかった( あ・・・嬉しいの、かな )
小太郎さんは、照れたのを誤魔化すように、さっきよりも少しだけ速いペースで箸を動かす。
それに負けじと私も朝食を食べたら、いつもより多くお腹に詰め込んでしまって満腹になる。
ふう・・と一息吐いて、猫の形をした箸置きに、並べて合掌した。


「 ご馳走様でした 」


私の声に合わせて、同じように食べ終わった小太郎さんが、勢い良く頭を下げた。