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彼女が、一緒に買い物に行こうと誘ってくれた時、素直に頷けなかった。
『 姫 』は、生来身体が弱く、外に出ることなんて・・・歩くことすらままならない女性だった。
だから、同じ姿をした彼女と、買い物に出ることは夢のようだった。
夢のようなことだからこそ・・・こんなに、あっさり叶ってよいものかと、疑ってしまうのだ。
「 着替えてきますね。ちょっとだけ待ってて下さい 」
そう言って、扉の奥に消えてから四半刻が経とうとしている。
少し、遅すぎやしないか・・・と思うと途端に不安が胸の内を満たした。
俺は立ち上がり、こつこつ、と部屋の扉を叩くが、反応はない。
気配を探るべく、扉に耳をつけた。全く物音がしないことが、決定的だった。
身につけていた苦無の場所を確認してから、躊躇うことなく、部屋の扉を開け放つ。
「 ・・・・・・・・・っ!! 」
蹲った態勢から横に倒れたかのように。
少しの布の纏っただけのの身体が、広げた服の上に伸びていた。
慌てて駆け寄ると、彼女は荒い呼吸を繰り返して、身体を震わせていた。
抱き上げて、柔らかい布団の中に沈める。けれど・・・彼女の苦しみが、弱まるわけではない。
( 身体の震えが、寒さから来ているのではないと・・・しばらくして気づいた )
「 ・・・こ・・・た、ろ・・・さ・・・ 」
、喋るな。
首を振ると、その身体を抱き締めた。壊れ物を包むように、そっと、優しく。
・・・目を開けるのも辛いのだろう。
一度、俺の姿を認めるために開いたが、もう開かずに、そのまま身を委ねる。
大きく深呼吸すると、苦しみに耐えるように、俺の胸元をぎゅっと握った。
心臓の音が、重なる・・・・・・。
・・・どのくらい、そうしていたかわからない。
やがて、身体の震えが止まり、が小さく、こ、小太郎さん・・・と呼ぶ声がするまで。
俺は彼女を抱き締めたまま、布団の中で蹲っていた。
「 ・・・・・・・・・ 」
「 小太郎、さん・・・も・・・もう大丈夫、です、から 」
青かった顔を赤くして、もぞもぞとが腕の中で動く。
少しだけ力を緩めて、真下の顔を覗くと、胸元を隠すようにして俺を見上げていた。
「 あ、あの・・・み・・・見ま、した? 」
「 ・・・・・・? 」
「 その・・・私、着替えの途中だったので、下着姿の、まま・・・倒れちゃって・・・ 」
何を見た、というんだろうか・・・ああ、もしかして。
胸元を隠して、恥ずかしそうにちらちらと目線を投げかけてくる様子が・・・。
まるで小動物のようで、浮かんだ笑いを噛み殺すのに必死だった。
表情を読むことに長けてきた彼女は、しばらくして気づいたらしい。
「 ・・・!こ、小太郎さん、私の胸が小さいことを笑うなんて、酷いですーっ!! 」
首を横に振ったが、遅かったらしい。
じわりと涙を浮かべて、が騒いだ( 胸の『 大きさ 』を見たワケではないのだが・・・ )
ひとしきり騒ぎ終わると、ことん、と彼女の頭が俺の胸に預けられる。
「 ・・・・・・? 」
「 小太郎さん・・・心配かけて、ごめんなさい・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 申し訳ないけど、もうしばらく・・・このままで、いてもらって、いい・・・? 」
返事をする代わりに、俯いたままの彼女を抱き締めた。
力の抜け切ったの身体を、すっぽりと自分の中に抱きすくめる。
お互いの体温が、交じり合う頃。
はもう一度、小太郎さん、と呟いて・・・次に聞こえてくるのは、小さな寝息。
・・・よく眠っているようだ。実年齢よりも幼く見える寝顔に、自分も緊張を解いた。
( まるで、さっきまで酷く苦しんでいたのが嘘のようだ )
・・・・・・しかし
彼女の身体を抱き上げた時に、胸の下に見えた大きな傷跡。
どう見ても、若い娘の身体につくには・・・不相応な印に、不安が隠せなかった。
『 姫 』と『 』の面影が、脳裏の中で容易に重なって。
俺は目の前の『 現実 』を抱き締めるかのように、の身体を引き寄せた。