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昨日のことを思い出したら、その場で飛び跳ねたいくらい・・・恥ずかしくなる。
本当は小太郎さんと出かけする予定だったのに、着替えの最中で倒れてしまった。
どの服を着るか決まっていたのに、いざ間際になって迷っていると、発作に襲われた。
「 ( 小太郎・・・さん・・・ ) 」
呼びたいのに、声が出ない。
必死に酸素を求めて呼吸するのに、必死で。身体をくの時に曲げて、苦しみに耐える。
さっき・・・一緒に出かけようって決まった時の、表情が不意に思い出された。
嬉しそうに見えた。それを見たら、私も嬉しくなった。今日のお出かけが、楽しみになった。
扉の向こうでは、きっと小太郎さんが待っていてくれているのに・・・。
「 ( ・・・ごめん、な、さい・・・ ) 」
意識が遠くなっていくのが、わかった。
見つめていた扉が、じわりと歪んで、周囲の景色と同化しようとしている。
・・・と、その時だ。
扉が開いて、黒い影がすっと私を抱き上げて、ベッドへと移動させる。
沈み込む布団の中で、その影が、今私が誰よりも求めていた人だということに・・・気づいた。
肌を通して伝わる彼の温度が、どんな薬よりも、私の心を落ち着かせた・・・。
しばらく『 触れて 』いなかった・・・ヒトの、温もり。
あの『 夢 』に捕らわれて、その境を見失ってきた時に、私は家を飛び出した。
以来、独りで住み始めたけれど、不自由は何もないように思えた。
だけど独りじゃ、生み出せないものもあるのだと知った。
ただ、ひとつ・・・それが『 他人の温もり 』
「 ( ・・・こたろ・・・さ・・・ ) 」
頬を零れ落ちるは、涙。
それほどまでに・・・私は『 温もり 』に飢えていたのだと・・・改めて、気づいた。
ととん、と肩を叩かれて、我に返る。
見上げると、小太郎さんが覗きこんでいて。
抱いていた空っぽの洗濯籠を、私の腕から取り上げて、床に置いた。
開いた手に・・・小太郎さんのゆっくりと指が走る。
「 え・・・バイト先に、来たいんですか? 」
私の問いに、彼は頷いた。のバイトについていきたい、そう書いたのだ。
驚いて・・・それから、視線を泳がせる。
・・・ど、どうしよう。いや、嫌とかそういうのではなくて。
不都合なんてなかったのだけれど、小太郎さんの方から申し出を受けるなんてことは初めてだったから。 もしかして・・・昨日、倒れたことを心配してくれているの、かな。
大丈夫ですよ、と言ってしまえばよかったのかもしれない。
けれど、じ、と私の答えを待っている小太郎さんを見ていると・・・無碍に出来なかった。
私が答える前に、文字を書いた自分の指をくわえる。
それを頭より少し高い位置に持ち上げて、左右上下に振っている( ように見えた )
ふむ・・・と考えるような沈黙の後に、指でまた文字を書く。
『 今日の天気は崩れなさそうだ。風向き良好。洗濯物も良く乾く。
留守番をしている必要はなさそうだ 』
だから、連れて行って・・・そう、言いたいらしい。
小太郎さんが、こんな風にワガママを言うだなんて。予想外の行動に、笑いが込み上げた。
「 ぷふ・・・あはははっ! 」
突然笑い出した私を、不思議そうに首を傾げて見守る。
目尻に浮かんだ涙を拭き取って、彼の顔を覗き込んだ。
「 ・・・じゃあ、一緒に行きましょうか。洗濯物は、このまま干したままで、ね? 」
小太郎さんが、ぱっと顔を明るくして( それはすごーく微妙な変化だったけれど )頷いた。
その仕草が愛しくて、またまた笑いが込み上げたのを、噛み殺すのに必死だった・・・。