どしゃ降りの雨の中、月影を走らせた。
何度も来ている山だけど、悪天候のせいで、自分がどこにいるか全くわからない。
自然、私は幸村様にしがみつく。彼も緊迫した雰囲気の中で、私を強く抱きしめたまま手綱をとった。
けれど、どうにもこうにも・・・視界が悪すぎる。
このまま走り続ければ、最悪、道を外れて崖に落ちる可能性もある。
一度、月影の足を止め、しばらく考えてから・・・胸の中にいる私を見下ろした。
「 ・・・すまぬが、忍隊の使っている山小屋に避難する。構わぬか? 」
幸村様も、私と同じことを考えていたのだろう。
私が頷いたのを確認すると、月影の首を逆方向に誘導すると、慎重に歩を進めた。
森林の間に、ひっそりと佇む小さな山小屋。
最初はどこにあるか、自分の目で確認できなかった。目ざとく見つけた彼が、月影から私を下ろす。
こちらだ、と手を引かれて、気がつくと山小屋の入り口に立っていた。
扉を開けて、とりあえず私を雨の当たらない場所に避難させると、今度は月影を非難させていた。
「 ( ・・・そうだ、火 ) 」
震えの止まらない身体を動かして、まずは火打石を探す。
薬草の入った籠を、入り口の隅に下ろして、辺りを見回した。
小屋の隅にあった行李の中に、目的のものはあった。それをかちり、かちり、と何度も合わせるが。
凍えている手先が震えて・・・なかなか、火が起こらない。
こんなの、毎日やっていることなのに、肝心な時に役立てないなんて・・・。
焦り出していると、すっ・・・と横から伸びた両手が、私のと重なる。
同じくらい冷えていたが、震えることなく、ぐっと力を篭めた。
火打石と一緒に備えられていた藁に、薄っすら宿る炎。肩の力が抜けると同時に、手も離れた。
・・・無言で離れていく手を、寂しい、なんて思っちゃいけない・・・。
そう思っていても、目は幸村様の背中を追っていた。
彼は、火打石の入っていた行李を漁る。ふむ・・・と少し唸って、
「 ・・・ 」
「 は、はい! 」
「 一着だけ、男物の着流しがある。そなたはこれを着るが良い 」
「 え・・・でも、あの、幸村様だって濡れたままでは・・・ 」
「 某は男だ。女子であるそなたに譲るのが、当然のことであろう・・・、っ 」
気持ちは大変嬉しかったが、そこで大きなクシャミが響いたので、一気に説得力がなくなった。
ずる・・・と鼻をすする様を見て、申し訳なかったけれど、少し笑ってしまった。
幸村様も照れたように頬を緩めると、静かに近づいてきて・・・濡れている私を抱き締めた。
「 幸村、様 」
「 ・・・、そ、その・・・服を、ぬ、脱いでくれ、まいか・・・ 」
・・・呼吸も忘れて、その場で固まる。
女中に、殿の『 お手つき 』があるのは、世間では珍しくないことだけれど・・・。
ゆ、幸村様に限って、そんなことしないと・・・今まで、そんな噂もなかったし!
( 小さい頃から見てきた彼が・・・よりによって、私に『 手をつける 』だなんて・・・ )
動けずにいる私を見ずに、幸村様は背中を向けると、自分の着物の帯を解いていく。
私も、慌てて彼に背を向けて、着物の帯に手をかけた。
指先がかじかんで・・・というより、震えて・・・上手く、結び目を解けない。
こんなかたちで、だけど・・・好きな人に求められることは『 女 』として、嬉しいことなのに。
でも、幸村様は・・・戯れで、私のことを抱いたり、しないと思っていた・・・。
主の命令であれば、逆らえない。覚悟を・・・決めなきゃいけないのかもしれない。
でも、でもッ・・・と、私の頭の中は大混乱だった。
( ただ、わかっているのは・・・『 泣きたい 』こと、だけ・・・ )
きゅっと唇をかみ締めた瞬間、露になった背中に、幸村様の手が触れる。
「 ・・・何もせぬ。だから、安心して火に当たられよ 」
後ろは・・・振り返れなかった。
もしかして、私・・・期待していたの、だろうか・・・と思うと、急に恥ずかしくなって。
と、とりあえず濡れた着物を脱いで、促されるまま火の傍に座った。
裸のまま身体を丸めた私と、自分ごと、着流しで包むように。
後ろから抱き締められるようにして、火に当たる。
しばらくは、背中越しに彼の肌を直に感じて・・・心臓が鳴り止まなかったけれど。
次第に身体が温まってくると、重なる体温に強張っていた身体の緊張も解けてきた。
「 寒くはないか? 」
「 ・・・はい、幸村様、は? 」
「 某は平気だ。こうして・・・とくっついていると、すごく、温かい・・・ 」
ことん、と私の左肩に額を乗せて、身体を引き寄せるようにぎゅっと腕の力を込める。
・・・くっつきすぎないように、気をつけていたのに。
頭の天辺から、床にくっついている腰の付け根まで、すべてが彼の身体と密着する。
「 ( ・・・・・・! ) 」
お尻のところに、何か・・・と、もぞもぞと位置を変えていると。
急に幸村様の身体に力が入って・・・『 気づいた 』私も、真っ赤になった。
「 ( だ、ダメよ、意識したら、よ、余計固ま・・・ ) 」
「 ・・・ 」
「 はっ、はははいっ!! 」
「 ・・・っ!た、頼むから、逃げないでくれ・・・ッ!! 」
「 ゆ、・・・あぅ、ッ!! 」
飛び上がった身体を、今までとは、比べ物にならないほどの強い力で抱き締められて。
思わず、悲鳴が上がる。それでも、彼は腕を緩めなかった( いつもなら、緩めてくれるのに・・・っ )
骨がきしんだ。反射的に、逃れようと身体を捻れば、そのまま後ろにひっくり返るように床に転がった。
・・・開放された、思ったのも束の間。
荒い息のまま寝転んだ私の両手首を、彼は床に縫い付ける。
お互い一糸纏わぬ姿で、見つめ合う。鍛え上げられた彼の身体が、目の前に広がった。
( ということは・・・私の身体も、彼に見られて・・・ )
羞恥心に、目を逸らしたかったが・・・彼は、それを赦さなかった。
真っ赤になっていたが、覚悟を決めたように。一度深呼吸して、私を射抜くように見つめた。
「 某を見よ、!もう・・・某たちは、いつまでも『 あの頃の某たち 』では、ないのだ! 」
私を覆うように手を突いている幸村様の瞳は、真剣そのもので・・・逸らしてはいけない、と思った。
「 某たちは、もう立派な『 大人 』なのだ・・・それは、わかっている。
けれど、どんなに時が経とうとも、どうしても手放せないものがある。それが・・・、お前だ 」
「 ・・・私、ですか? 」
「 ああ・・・そ、そそ、某は・・・ 」
『 赤 』が『 深紅 』に変わる。
一瞬、躊躇うように言葉を切ったが、次の瞬間には、もう迷いは消えていた。
「 ・・・が、好きだ。心の底から、惚れている・・・。
だから、だから・・・某から逃げないでくれ。某の傍に・・・ずっと、いてくれ・・・ 」
その後は、言葉にならない嗚咽と涙が、私の胸元を濡らした。
両手で顔を覆って泣いている彼に、無言で手を伸ばす。指先が、震えた・・・。
「 ・・・幸村・・・様・・・ 」
耳のすぐ横を、冷たいものが零れていった。ああ、私も泣いているのだ、と思った。
泣いている子供を抱きかかえるように、幸村様の頭を胸に引き寄せる。
驚いたように、少しだけたじろいだ様子だけど、今度は私が離さなかった。
・・・半渇きの髪の毛から、雨の匂いがした。
「 大好きです・・・私も、幸村様が大好きです・・・ 」
「 ・・・、っ! 」
「 もう、ずっと・・・ずっと前から・・・お慕いしておりました 」
いつだって手を伸ばして下さったのは、幸村様。
躊躇っていたのは、私の方。
一度繋いだら、もう離せなくなる・・・解っていたから、近づかないようにしていた。
でも、もう・・・その手に、自分の手を重ねても、良いのだ・・・。
幸福感だけが、心を満たしていた。
泣いていた幸村様が、顔を上げる。
その表情は・・・ふふ、子供の頃から、目をぱちくりとさせる癖は変わらない。
私が微笑めば、彼も柔らかい微笑みを浮かべて、身体を持ち上げた。
改めて、幸村様の端正な顔が、ゆっくり近づいてくる・・・私は、静かに睫を伏せた。
夢にまで見ていた、優しい口付け。
一度、啄ばむように唇を重ねると、あとは、深く繰り返す。
「 ・・・ん、んんッ!! 」
そういえば・・・と思い出した時には、もう遅い。
彼の手が、私の肢体に伸びる。思いがけず襲った快感に、全身が反応した。
はあ、と吐息交じりに、彼の唇が私の胸元に吸い付く。初めての愛撫に、溜まらず嬌声が上がった。
けれどすぐに、ぐ、ぅッ・・・と、幸村様の喉から、苦しそうな声がした。
「 ・・・ゆ・・・幸村、さ、ま・・・? 」
「 しっ、しばし、待たれよ・・・・・・う、っ・・・! 」
身体を起こして、急に背中を丸めたまま、苦しみ出す幸村様。
私には背を向けているので、その苦悶の声の原因は、わからないのだけれど・・・。
とりあえず、放っていた着流しを引き寄せて、私も身体を起こした。
「 はぁ、はぁ、はっ・・・、は、嫌であろう? 」
「 ・・・何が、ですか? 」
「 このような場所で・・・そ、その、抱かれる、という、のは・・・ 」
そう呟いて、脅えた子犬のように、ちらちらと私の顔色を伺うように見ている。
唐突な問いかけに・・・呆気に取られていた私も、意味を悟って、ぷっと吹き出す。
お腹を抱えて笑い出したのを見て、幸村様は傷ついたように目を見開いて、肩を竦めた。
「 ふふっ・・・ありがとう、ございます・・・ 」
「 ・・・、何故、泣くのだ?その、某・・・ 」
「 嬉しいんです。幸村様が、私の気持ちを想って、気遣って下さるのが 」
「 そ、そうなのか? 」
「 はい、私は『 幸せ 』です・・・ 」
好きなヒトと、想いが通じて・・・『 幸せ 』を分かち合える。
ここまで色んな苦悩があって、きっとこれからの未来でも色々な障害が立ち塞がるだろう。
・・・でも、きっと『 二人 』なら・・・
「 某も、と出逢えて『 幸せ 』でござる・・・人生で一番、と言っても過言ではないほど 」
頬を染めながら、一言、一言・・・かみ締めるように宣言して。
にっこりと笑った幸村様に抱きつくと、嬉しそうに、ゆっくりと私の背中に腕を回した。
身体が冷えていたことなど忘れて、お互いの温もりを分けるように抱き合う。
幸村様が好き・・・幸村様が好きで、堪らない・・・
その気持ちを声を大にして、気持ちを告げられることの『 幸せ 』
好きなヒトに言えて、好きなヒトに同じことを言ってもらえる『 幸せ 』
あまりに『 幸せ 』過ぎるから、これは夢なのかもしれません・・・と言うと、
これでも、夢と申すのか?と、少し意地の悪い笑みを浮かべて、
わざと立てた舌で、私の首筋をぺろりと舐め上げたので・・・
・・・大人しく、夢じゃないことを、認めることにした・・・
降り注いでいた暗く、重たい雨は止み、
いつしか・・・その空には、祝福の虹の橋が掛けられていた・・・・・・
( どうか・・・この幼き初恋が、生涯最初で、最後の恋に・・・なりますように )
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Title:"確かに恋だった" Material:"NOION"
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