( ど・・・どうして、こんなことになっているんだろう・・・ )
私、昨日はすごくいい夢を見たんだよね、うん。
だからこれも夢かな、それも悪夢のような、ね・・・うん・・・。
白い布に、墨ではなく水で文字を書くような。
意味のわからない言い訳だけが浮かんで消えるのは、完全に思考が停止してるからだ。
唖然とした私の前で、う・・・ん、と妙に色っぽい声を上げて伯言が寝返りを打つ。
元の作りが良いだけに、無防備の寝顔なんて・・・わっ、私には刺激が強すぎる・・・!
真っ赤になって混乱するが、わずかな理性を総動員して悲鳴を上げないように口元を押さえる。
「 ( ど、どどっ、どうしてと、隣に、寝ているかはわからないけれどッ! ) 」
とりあえず・・・こ、この状況から脱しなきゃ!!
胸に抱えていた私が、もぞもぞ動いても起きないくらい寝ている・・・というのは、彼が
相当深く眠っている証拠だ。起こさないようにしなきゃ、と必死だった。
背中に回っていた腕を退かして。細心の注意を払って、牀榻を抜け出す。
自分とは違う、体温に・・・その腕を掴むことすら、勇気が要った。
ごつごつとした男の人の指。だけど長くて・・・お父さんとは、違う。これは武人ので、伯言、ので。
と思うと、どんどん自分の体温も上がっていくようで・・・!!( きゃーきゃーっ!! )
こんなに熱くなっているのも、顔が真っ赤になってしまっているのも、気づかれたくなかった。
と・・・ん、と静かに床に足をつけた。伯言を振り返るが、起きた様子はない。
いつの間にか脱がされていた靴に足を通して、よれよれになっていた服の皺を伸ばした。
辺りを見渡して・・・部屋の入口まで移動する。
「 ・・・あ、やっぱり 」
大きな机に見覚えがある( そのまま寝ちゃったんだ・・・ )
昨日訪れた、伯言の執務室だ。窓の格子からは、月光の変わりに柔らかな朝の光が差し込んでいる。
屋敷じゃなくて、仮眠室だったってこと、か。長く息を吐いて、後ろを振り返った。
彼を待って、あの机で寝てしまったはずなのに、なぜか、はっ、伯言がっ・・牀榻まで
運んできてくれたのだろうか。そして、一緒に寝ちゃったとか・・・あり得ない、普通。
( そういや彼は、練師さまに教育係を頼んじゃうようなヒトだったっけ・・・ )
「 ( さて、と・・・どうしようかな ) 」
屋敷に帰るには、伯言が起きるのを待たなくてはいけない。
牀榻の中に戻るというような選択肢はないから、この執務室の椅子にでも座って待ってようかな。
あ、でも他の官吏のヒトが来て・・・私が応対できるはずもないから、壁の端にでも椅子を持ってきて
大人しく座って・・・・・・・・・ちょっと、待って・・・・・・・・・。
執務室を見渡していたのを止めて・・・恐る恐る、眠っている伯言の背中を見た。
しばらく見つめてみるが、その肩は規則的な呼吸に揺れている。
まだまだ、彼は眠っているはずだ・・・。そして、きっと今しかない。
仮眠室の端にあった椅子の上に、羽織を見つけた。それを、豪華な衣装を隠すように、そっと巻く。
そして・・・・・・執務室を、こっそり、抜け出した・・・・・・。
さすがに城から出るまでは、散々道に迷ったけれど( 当然だけど、陸家の屋敷とは広さが違う! )
皺くちゃな服装に驚かれたけれど、新しい下働きか何かと思われただけなのか・・・
人に聞けば道は教えてもらえたし、入るのに苦労するけれど、出るのには何の支障もなかった。
すんなり城の外に出た私は・・・一路、自分の『 生家 』を目指す。
「 ( お父さん、お母さん・・・! ) 」
せめて、形見の品だけでも手元に置いておきたい。
家を出てから、随分時間が過ぎている。死亡届も出されているのだとしたら、荷物が処分されている
可能性もある。それでも、一度帰らなきゃ。あの日・・・『 帰る 』はずだった、家に。
城から自宅までの道程なんて知らないけど、大まかな方角はわかっているから、すぐに
見覚えのある道路に出る。ここまで来れば、もうすぐだ。
「 ( そうだ・・・私、死んでることになっているんだっけ・・・ ) 」
本当は、お世話になった飯店にも立ち寄りたいと思ったけれど・・・。
だってきっと、心配しているに違いないから。せめて、生きてることだけでも、教えたい。
でも・・・この好機が、またいつ訪れるかなんて、わからない。
最後だと思えば、いっぱいやりたいことも、成しておきたいこともあったが、やはり自宅を目指す。
裏道をすり抜ける。攫われた時に通った・・・あの路地も通った。
足元に広がった血溜まり・・・あの日、伯言は『 誰 』を殺したのだろう・・・。
ぶるり、と震えた肩を抱き締めて、私は足早に通り過ぎる。
時間は随分と経ったはずなのに、消えないものもある。
けれど、今、私は時間を遡るかのように、路地を潜り抜けていった。
あの日に・・・伯言に出逢う前の、私に・・・『 』に戻って・・・。
「 は、あ・・・はあ、はッ・・・! 」
もう少し、もう少し、だ。早足だったはずなのに、いつの間にか走り出していた。
目標以外の、周囲の景色はもう見えない。ただひたすら、走る。
・・・ほら、あそこ!あの茅葺の塀を曲がった2軒目の家が、私の・・・!!
「 ・・・・・・はぁ、はあ・・・っ 」
肩が上下に揺れている。上がった息を整えようと、出来るだけ深呼吸して・・・。
そこで初めて、ふと気がついた。私・・・自宅の鍵、持ってない・・・。
は、と深呼吸が止まって。落胆と疲労に、眩暈を起こす。
・・・が、その場に座り込むことだけは、何とか耐えた。
・・・が。
一陣の風が吹いて、キィ・・・と扉の開く音がした。
自分の瞳が、大きく見開くのが解る。驚きに、涙も奥へと引っ込んだ。
「 ・・・お、父さん!お母さんッッ!! 」
開かない『 はず 』の扉の中に、半狂乱になって飛び込んだ。
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