「 陸遜さま、落ち着きなさいませ! 」
「 私は、冷静です!だからこそ、を探しにいくのです!! 」
「 そんなに声を荒げて・・・どこが冷静なのですか!? 」
「 彼女の居る場所に、心当たりがあります。ご心配は無用です・・・行って、参ります! 」
有無を言わさず拱手すれば、練師さまも黙った。
少々強引だが、仕方ない。あとで怒られることになっても、今は一刻も早く探しに行かねば。
踵を返して、私は厩舎へと向かう。自分の馬に馬具を装備させると、すぐに飛び乗った。
「 誰か、陸家へ使いを! 」
近くにいた者に『 が戻ってきた場合は、すぐに連絡するように 』と、すれ違うような
ことがないよう、布石を打つ。使いが、転げるように走って行ったのを確認し・・・。
「 はっ! 」
馬が嘶き、全速力で城下へと駈けた。
「 ( どうして・・・、 ) 」
飲酒していたせいもあってか・・・目が覚めて、閉じ込めたはずの身体がないことに気づいた時。
やはり、昨日彼女を抱き締めて眠ったのは、幻だったのではないか・・・と、思った。
武人の自分とは違う、ふっくらとした柔らかい身体。鼻を寄せれば、香の匂いがした。
「 ( ・・・がいる、私の、腕の中に ) 」
それだけで・・・もう、どうしようもないほど、ほっとしたのだ。
衣越しに伝わる温度が、じわりと沁み込んで来て・・・それは、心地良い眠りに包まれた。
「 ( 今までに何度か屋敷を抜け出そうとしていたのは、知っている ) 」
謝った、あの夜だってそうだ。彼女は、自分の生家に帰りたいのだろう、と予測はついた。
相談してくれればいいのに・・・と思うが正確には、相談出来なかった、のだろう・・・。
私から切り出してやれば良かった。そうすれば・・・こんな事態には、ならなかっただろうに!
ぎゅ、と手綱を持つ手に力が入りすぎて、爪が掌に食い込んだ。
・・・いくら悔やんでも、もう過去を修正することなど出来ない。
とにかく、彼女を探せねば!きっと・・・あの場所に居るに、違いないのだから。
今の私は、閉じ込め損ねた『 華 』のことしか、頭になかった。
町の中心から少し外れた住宅街の真ん中に、小さなその家は在った。
調査した者から場所は聞いていたが・・・いざ街中に降り立って見ると、なかなか複雑で
迷ってしまったようだ。ようやく着いた頃には、徒歩で来ても同じくらいの、時間が過ぎていた。
馬の足を家の前で止めて、降り立つ。乾いた砂埃が、足元で舞った。
開いた、扉。風に揺れているその奥に・・・は、きっといる。
何故か緊張してきて、ごくり、と喉が鳴った。それでも腕を伸ばして、一応小さく扉を叩く。
「 ・・・・・・? 」
埃を被った部屋の中は・・・見るのも無残なほど、荒れていた。
空き巣、という言葉が浮かび上がる。家主のいなくなったのを嗅ぎつけ、漁られたのだろう。
( それに『 』の死亡届が受理されてから、それなりの時間が経っている・・・ )
荷物は近いうちに整理する予定だたが、その前にこんな状態になっていたとは・・・
この惨状を見た彼女は・・・どれだけ、傷ついただろう。
「 ・・・居ないのですか?私です、伯言です 」
名乗ったからといって、自分の名前は彼女を『 安心 』させるものではないことはわかっている。
けれど・・・見知らぬ者じゃないことを知らせる為には、自分が誰だか呼びかける必要があった。
「 ・・・は、く・・・げん・・・? 」
かた、と物音の影から、小さな呟きが聞こえた。
「 !! 」
やっぱり身を隠そうとしていたのだろう。部屋の片隅で、丸まっていたようだった。
駆け寄って、ゆっくりと立ち上がった彼女の無事を確かめようと手を伸ばす。
「 伯言・・・どうし、て・・・ 」
「 どうしても何も・・・!貴女が心配だったか・・・、 」
・・・ぱち、ん。
振り払うように、その手を叩かれて、私は身体を引く。
・・・そうでした。彼女は私に触れられるのが怖い、と言っていましたっけ・・・。
「 あ・・・すみません。その、無事を確かめようと・・・ 」
「 ・・・どうして、心配なんかするの・・・?私が、自分の出世に必要、だから? 」
「 違います!私は、のことを純粋に心配して・・・ 」
「 馬鹿!伯言の馬鹿、馬鹿!!優しくなんか、しないでッ!! 」
俯いていた彼女が顔を上げると、そこには大粒の涙が浮かんでいて。
ぼろり、と涙が頬を伝ったのをきっかけに、堰を切ったように溢れ出した。
あまりに驚いてしまって・・・呆然と立ち竦んだままの私の胸倉を掴んで、叩いて、嗚咽した。
「 伯言のせいでッ・・・こんな、こんなに、酷いっ、っく、ことに! 」
「 ・・・・・・、 」
「 何もかも伯言のせいよ!知らない人に嫁ぐことになったのも、家が荒らされたのもッ!! 」
「 ・・・すみません・・・ 」
「 私は、ただ・・・普通に恋愛して、好きなヒトと添い遂げるような、そんな人生を望んでいたのに!
伯言の、馬鹿・・・怖いよぉ・・・本当は、知らない場所に嫁ぐなんて、すっごく、怖いのに・・・ 」
「 すみません、すみません・・・・・・ 」
「 ふぇえ・・・うあああああァァァんん・・・ッッ!! 」
両腕の裾に縋りついたまま、彼女の腰が地べたに落ちた。
大きく肩が揺れて、板の間の上に、はたはたと涙が落ちては・・・吸い込まれていく様を見ていた。
初めて触れた・・・の『 本音 』。
いくら『 自分の意思 』だと言っても、根底にある感情は隠せやしない。
底無しの泉から湧き出た涙が、溢れては真っ赤になった頬を濡らしていく。
嗚咽が慟哭に変わり、は泣き続けた。
ようやく・・・私は、理解する。
・・・わかった、つもりでいた。でも、それは『 つもり 』でしかなかった。
あの日、謝ってもに届かなかったのは、その琴線に触れらなかったせい。
自分の我侭で、どれ程彼女を苦しめていたのか・・・こんなに、なるまで。
気丈で、いつも明るくて・・・その仮面の裏で、彼女をどれほど悩んだだろう・・・。
「 、すみません、私は・・・、私は・・・っ!! 」
彼女の肩に手を伸ばし、寸でで止まる。
・・・嫌がられる、だろうか・・・けれど今、この方法以外に、私はを慰める方法を思いつかない。
きゅっと唇を引き締めて、彼女を自分の胸に引き寄せた。
( 情けない・・・軍師たるこの私が、説得の言葉を、無くすなど・・・ )
の泣き声が一瞬止んだが、しばらくすると、また聞こえてきた。
私の背に手を回して、全身を震わす。その震えを抑えるように、私もきつくきつく抱いた。
彼女の頭を自分の肩に固定してやると、次第に冷たくなってきた。
まるで嵐を抱き込んだようだ・・・と、ふと思った。
しばらくは・・・嵐が静まるまでは、このままでいよう。抱きしめて、抱きしめて・・・風が、止むまで。
胸に抱えた嵐が、凪に変わるまで。
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