どれくらいの時間泣いたのか、わからない。






瞳が溶けてもおかしくないくらい泣いて、泣いて、泣いて。


出尽くしても止まない思いを、伯言が受け取めてくれた・・・・・・。









ようやく泣き止んで。
それからしばらくは・・・放心したまま、鼻だけ啜っているような、そんな状態だったんだけど・・・。


「 ・・・あ、の・・・伯、言? 」


段々我に返ってくると・・・恥ずかしくなってきた。


「 何ですか 」
「 そろそろ・・・離してもらえ、る? 」
「 それは無理な相談ですね。せっかく貴女に触れることを許してもらえたのに、勿体無いです 」


や・・・やっぱり、意地悪なヤツ!!
それに!許し、たつもりは全く記憶ないんですけどっ!?( でも、前ほど怖くはないのは確か・・・ )


俯いていた顔を上げれば、伯言がしっかりこっちを見ていて、ぱちりと目が合った。
締められた時もそうだったけど・・・伯言の瞳に映る私は、いっつも酷い顔をしてる。
今だって、真っ赤に泣き腫らした瞳に、涙でべとべとになった顔。
誰にだろうと・・・こんな私、見られたくなんか、ないのに・・・。
ぷい、とその瞳から隠すように顔を背けると、伯言の指が、私の顎を掴んだ。


「 何故逸らすのですか? 」
「 だ・・・だって、ぐしゃぐしゃ、なんだもん・・・汚いでしょ!?私の、顔 」
「 そんなことありませんよ。綺麗です 」


涙の跡とは別の意味で、顔を真っ赤にした私に、にっこり微笑んでみせる伯言。


「 は、いつだって可愛いですよ 」


・・・顎を固定されてたので、背けることも出来ず、ただ真っ赤に染まる。
え、とか、あ、としか発せなくなっている私を、おやおや・・・と面白そうに見つめていた。
が、突然、伯言の身体が固くなり、私を抱えたまま、部屋の隅へと移動した。


「 はく・・・ 」
「 静かに・・・誰か、来たようです 」


いつぞや、襲われたことを思い出して、今度は私の身体が伯言以上に固くなる。
それを察してか・・・彼が宥めるように、私の背中を撫でてくれた。
しかし、その手に・・・今までにないほど・・・心臓が跳ねたのが解った。


「 ( ・・・・・・あ、 ) 」


反射的に、彼の胸に当てていた拳に力が入る。伯言は、それを緊張のせいだと思ったのだろう。
私に視線だけ寄越して、少しだけ笑った( その笑みに、また心臓が煩くなったのだけれど・・・ )
砂利の音で我に返る。家主の居ない家から声がする・・・と思ったのだろう。
現れたのは、私の知っている顔だった。最大限にまで声を小さくして、彼の耳に唇を寄せた。


「 伯言、あのヒト、うちの近所のヒト 」


そうなのですか?と言わんばかりに彼が振り返り、ひとつ頷いて見せた。
私は『 死んだこと 』になっているから、姿を現すことはできないけれど・・・。
伯言も、そう思っているのだろう。本当にわずかだったが、私を抱き締める手に力が入った。
こつ、こつ、こつ・・・と何度か部屋を往復した後、人影が外へと消えていった。
二人で肩の力を抜くと、どちらともなく、クスクスと笑いが起こった。


「 ふ、ふふ・・・今、伯言、すっごく緊張してたでしょ 」
「 そ・・・そんなことはありません!大体、だって身体が氷のように固くなっていましたよ 」
「 また、襲われたらどうしようかと思っちゃったんだもん。よかった、杞憂で 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
「 伯言、どうしたの?? 」


急に黙った彼を見上げる。っと・・・もしかして、私が失礼な口調になっちゃったから?
( 思わず友達に話しかける感覚で、喋っちゃった・・・ )
謝ろうと口を開きかけたのを、ぴた、と彼の手が遮る。
私の口元に開いた掌の向こうに・・・伯言が、反対側の片手で自分の顔を覆っていた。
耳たぶが、薄暗い部屋の中でもわかるくらい、赤くなっている。
声をかけようとしたら、両手を左右に振られて断られたので、そのまま大人しくしていた。
しばらくすると、ようやく落ち着いたのか、彼が大きく一息吐いて、


「 ・・・ふう・・・さて、 」
「 はい 」


と応えると、伯言は、さっきの『 貴女 』でいいですよ、と苦笑した。


「 もう、ここには戻れないかもしれません。近いうち、この部屋を整理してしまうのです。
  ・・・何か、持って行きたいものはありませんか 」


その台詞に、私は言い知れぬ寂しさを覚えたけれど・・・それは、覚悟していたことだから。
私は、襟元を開けて、伯言のひとつの首飾りを見せた。
琥珀色に光ったそれを見て、彼は首を傾げた。


「 母の、形見なの。ずっと・・・これを、取りに来たかった・・・ 」
「 ・・・そうでしたか 」
「 ごめんなさい・・・伯言。でも、もう私は大丈夫。大丈夫、だから・・・ 」


・・・本当に、大丈夫。ただ、完全に割り切るにはまだ少し早くて、涙が出るだけ。
涙を、手の甲で拭われるが、その手は私のものじゃない。伯言だった。
そのまま私の頬に手を置き、お願いがあります、と小さく言った。
・・・お願い?問うように顔を上げると、伯言の瞳が輝いていた。


「 私は、と『 友達 』になりたいんだって・・・最近、気づいたんです 」
「 と、もだち・・・? 」
「 はい、けれど呉の軍師という立場上・・・。
  貴女を、自分の『 従妹 』として、蜀に嫁がせることは避けられません 」
「 ・・・うん 」
「 こんなカタチで、私たちは出逢ってしまったけれど・・・私は、貴女が消えれば心配なんです。
  軍師としてではなく『 友達 』として、が。襲われたことは、記憶に新しいですから 」
「 そうだね 」
「 だから・・・もう、黙って消えたりしないで下さい。私を頼ってください。
  婚儀が整うその日まで・・・私は、全力で貴女の為に尽くします 」




それが、伯言が私に出来る・・・『 精一杯 』。




さすがの私にも、それくらいはわかる。そして、彼の誠意なのだ。
『 友達 』になりたいと言ってくれた・・・伯言の。
伏せた睫を、ゆっくりと開いて。私は、強く頷いた。


「 ありがとう・・・嫁ぐ日まで、よろしくね、伯言 」
「 はい、。私の方こそ、よろしくお願いします 」


差し出した右手を、彼が笑顔で強く握った。






ここに・・・不可思議な運命で結ばれた『 友情 』という名の共同戦線が誕生する。







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