と『 友達 』になりたいのです。






あの日以来、私たちはようやく同じ線に立って、同じ目線で、未来を見つめている。
伯言の、私に対する信頼や、優しさに触れることで。
私は本当に、心の底から呉の為に、彼の為に、嫁ぐ日を待つことが出来る。


陸家で送る日々は、今までにない柔らかな空気に包まれていて・・・私は、幸せだった。






「 きゃああ、あああ!とっ、飛ばしっ、すぎ、だよ!伯言ッ!! 」
「 何を言っているんですか。そんなことでは戦場を駆け抜けることなんて、出来ませんよ? 」
「 駆けっ、抜けっ、ない、もーん!! 」


馬の首にしがみついている私の腕を取り、その手を自分の腰に回す。
こっちの方が、安定がありますよ、と伯言が笑った・・・けど、私には笑い事じゃない。
しがみついて、上下の揺れに備える。その度に悲鳴を上げる私を、面白そうに見ながら駆けた。


次第に、馬の足の速度が落ち、周囲の景色がはっきりと見えてくる。
遠乗りの行き先が峠だというから、もっと岩肌剥き出しの、荒野に近いものを想像していたのに。
連れて来られた先は、色濃い緑あふれる草原だった。爽やかな風が、野の草花を揺らす。
街の空気とは違う、新鮮で美味しい空気。深呼吸すれば、肺の中が生き返るようだった。


「 さあ、着きましたよ 」


と、言われても・・・あまりにきつく握り締めていたせいか、巻きつけた腕が、緊張に固まって離れない。
それでも必死に動かそうと、力を入れようとしているところで、彼が私の指を一本一本、解いていく。
丁寧に絹の紐を扱うような、伯言の指。男の人なのに、全然無骨じゃない・・・長くて、綺麗だ。


そういえば・・・以前、足を拭いてくれた時も、こんな風にすごく丁寧だったっけ、と思い出して。
・・・だんだん頬に熱が上がってきた。下を向いている伯言には、バレてはいないと思うけれど・・・。


指先が熱くならなければいい、なんて考えた時に、できましたよ、と彼が呟いた。
ようやく10本目を解かれたのを目にして、ほ・・・っと私が息を吐いたのも束の間。
その指を自分の口元に当てたのを見た時、ついに堪忍袋の緒が切れた。


「 伯言ーッ!! 」
「 あはははは・・・すみません、つい 」
「 つい、じゃない!!ほんっとうに伯言って、意地悪だよね 」
「 心外ですね。私は、遊んでいるだけです 」
「 私と!? 」
「 私で、ですね。、で、遊ぶことを覚えただけです 」


と、にっこり笑えば、何も言えなくなってしまうことを、彼はもう知っているから。
馬を繋いで、わなわな震えている私の手を取った。こちらです、と連れて行かれた先は・・・。


「 ・・・うわ、あ・・・っ!! 」


切り立った峠から眺める、悠然と広がる大地。
青空と草原の美しい色合いが、素晴らしくて・・・言葉を、失う。
緑の映える山々の間に、私たちが住んでいる街が見えた。
随分遠くまで来たんだな、と思うと、伯言が馬を飛ばしたのも頷ける。


ちら、と隣を見上げれば、彼も黙ったまま遠くの山を見ていた。
その向こうに広がる土地を考えて・・・私は思わず、伯言の袖を掴んだ。


「 ・・・どうしました? 」


気づいた彼が私を見返すけれど・・・やっぱり、心なしか瞳の色が落ちてる。
私が、なんでもない、というように首を振ると、袖にあった手を、そのまま握りしめた。






「 ( ・・・・・・伯言、 ) 」






頬が染まるのを見られないように俯いていると、日差しが強くなってきましたね・・・と 彼が呟いた。
繋いだままの手を引かれて、近くにあった木陰へと移動する。
草原と森との境に生えた大樹の根元に、私と伯言は腰を下ろす。
大きく、空に向かって伸びたその樹を・・・私は、首を目一杯伸ばして、見上げる。


「 ・・・すごい 」


頭上に張り巡らせた、枝。芸術品にも見えるそれの隙間から、柔らかな陽射しが降り注ぐ。
眩しそうに目を細めた私の真上に、光を和らげてくれようと、伯言の手が伸びてきた。
そのまま彼を見上げると、少し頬を緩めた。私も応えるように笑って、二人で頂を見上げる。
強めの風が吹き抜けて、葉を揺らした。


「 峠ですから風は強いですけど・・・今の季節、このくらいが涼しくて、良いかもしれませんね 」
「 うん、そうだね。すごく気持ちよいもの・・・・・・伯、言? 」


ぐらりと影が揺れて、彼の身体が根元に沈む。
どこか具合でも悪いのかと慌てた様子の、私の頬に手を当てた。
そして、ふ、と笑うと・・・・・・あっという間に、寝息が聞こえてきた。


「 ( ・・・まさか、眠っちゃった? ) 」


まあ、それも仕方ないか。昨日だって、3日ぶりにようやく帰ってきたんだもの。
お城にいる間は、仮眠室を利用するかしないかの状況で、仕事三昧だって聞いたし・・・。
それなのに・・・朝にはちゃんと起きて、こうして私を外に連れ出してくれるんだもの・・・。








「 、明日、遠乗りに行きませんか 」








深夜、屋敷に戻ってきた伯言は、着替えながら背中越しにそう言ったのを思い出す。
私はあまりに驚いて、持っていた服を落としそうになりながら、聞き返した。


「 遠乗り?・・・いいの?? 」
「 ええ、久々に休みが取れましたので。あれ以来外にも出ていないし、陽の光も浴びたいでしょう。
  東の峠に、随分綺麗な場所があるようなんです。行ってみませんか? 」
「 うん!行くっ!! 」


こくこくと何度も頷いた私を見て、目を細める。そして、着ていた着物を肩まで下ろす。
それを合図に、彼の背後で待機していた私が、真っ白な夜着を覆うように当てた。
色とりどりの袍が床に落ち、伯言が夜着の帯を結んでいる間に、それを拾う。


「 ・・・すっかり『 従妹 』から『 妻 』らしくなりましたね、は 」


そうかな、と言うと、ええ、とっても・・・と伯言が笑う。








『 妻 』らしく・・・かあ。


元々、顔も同年代より童顔だと思うけれど、中身は見た目以上に子供のままで。
頑固で、わがままで、自尊心が強くて、とーっても意地悪な伯言の『 妻 』が果たせるなら、 嫁いだ先でも、ちゃんと『 お嫁さん 』として、務まるってことかなあ・・・うん、さすが練師さま。


・・・彼女がいうには、孫権さまは少しずつ、蜀に輿入れする準備を整えてくれているらしい。
あとは、返事を待つだけ。蜀までも、ここからは距離があるから。
ひとつのことを決めるにも、日数も時間も随分とかかる。






ふわり、と舞い上がる髪を押さえて、眠ったままの伯言を見下ろす。
安らかな寝顔・・・こんな伯言の姿を、隣で見ていられるのも、きっとあと少し・・・。






伯言だって、そんなに遠くない未来に・・・本当の奥様を迎えるだろう。






だから、私は『 代わり 』でしかないんだって。
伯言のことだって『 代わり 』の旦那様なんだって・・・何度も、自分に言い聞かせて、いるのに。












「 ( どうして・・・こんなに、悲しくなるの・・・ ) 」












滲んできた視界を誤魔化すように、空を仰げば・・・容赦ない太陽が、真っ直ぐに私を射抜く。


焼かれた心が悲鳴を上げて、一筋の涙が頬を伝った。







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