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 捕らえられてから・・・いや、私という人間を消されてからしばらくの間、彼は現れなかった。
 
 
 部屋から出ることは許されず、私は、篭の中の鳥でしかなかった。
 
 
 
 
 
 
 外には衛兵が、内には侍女が控えていた。何を話しかけても、必要なこと以外喋らない彼女から
( 主に、止められているのだろう )全く新しい情報を得ることも出来ず、
私は窓辺に座って景色を眺めているしかなかった。幾日も、幾日も・・・。
 
 
 『 過去 』が気にならないわけがない。私を雇ってくれた、飯店の主はどうしただろう。
 あの日一緒に飲んでた友達は・・・?急死したと聞いて、どう思っただろうか。
 きっと、悲しんでくれてるだろうなと思うと、彼等に申し訳なくなる。
 せめて・・・一度だけでもいいから、自宅に帰って身辺整理だけでもしたかった・・・。
 
 
 曇りのない日の光に照らされた手を見つめる。水仕事をしなくなったから、手先の荒れが消えてきた。
 あの日着ていた服も装飾も剥ぎ取られ、今は与えられた新しい衣装に身を包んでいる。
 出される食事も、豪華。見た目に加えて、栄養もきちんと考えられていて、作り手の心がわかる。
 
 
 
 
 
 
 美味しいものを食べて、着飾られて・・・私は、此処で何をしているんだろう。
 
 
 これじゃ、生きてるのか死んでるのかわからない・・・と溜め息をついた。
 
 
 
 
 
 
 「 溜め息など吐いて・・・どうしたのですか、 」
 
 
 背後から声に振り向くと、そこには彼が立っていた。
 いつ見ても、穏やかな笑顔・・・だけど、身体の奥に宿る氷の心を、私は知っている。
 
 
 「 ・・・陸遜、 」
 「 おや、従妹殿は『 陸遜さま 』とは呼んでくれないのですか? 」
 「 『 さま 』という敬称は、尊敬する方につけるもの。そうでしょう 」
 
 
 従妹などど・・・本気で思ってないくせに。
 睨んだ私の視線など気にもせず、彼はふ、と苦笑めいた微笑を浮かべる。
 困りましたね・・・とくつくつと笑うと、私の前に立ち、そっと黒髪に手を伸ばした。
 
 
 「 しばらく滋養のつくものを食べさせるよう、屋敷のみなにお願いしましたからね。
 あまりに痩せていては、魅力も損なわれる。
 貧相な身体で、趙雲殿に嫌われてしまっても困りますし・・・ 」
 「 ・・・・・・・・・・・・ 」
 
 
 確かに・・・そう言われれば髪のツヤも、以前よりよくなった気がするし、肌の触り心地も違う。
 以前のように働くこともないから、身体もよく休めている。
 けれど・・・これでいいのか、という強い後悔に駆られるのだ。
 こんなことなら、いっそ・・・あの時、死んでしまった方がよかったのかも、だなんて・・・・・・。
 
 
 「 今日から、貴女に先生を付けます。以前話した、作法の・・・ 」
 「 ・・・・・・・・・・・・ 」
 「 ・・・、そうあからさまに落ち込むのは止めなさい。命拾いしたのに、嬉しくないのですか? 」
 「 嬉しくなんか・・・あるはず、ないでしょっ! 」
 
 
 いきり立つ私を、彼は冷静に見つめる。その態度が、また神経を逆なでた。
 相手が『 呉の軍師 』だなんてことは忘れて、私は詰め寄る。
 
 
 「 あの日死んだのなら、今、死ぬのも同じだわ!もうこんなの嫌!私を殺すなら、殺せばいい! 」
 
 
 す、と彼の瞳が細まる。大きな瞳だったから、細まれば鋭さも人一倍。
 目を背けたくなるほどの鋭い光が・・・私を、射抜いた。
 
 
 「 ・・・なら、お望み通り、此処で死んでおきますか 」
 
 
 彼の右手が、素早く私の首を掴む。あっという間に引き寄せられて、端正な顔立ちが近づいた。
 片手でも随分な力で締められていたから、もう片手が加わった時・・・とうとう、涙が零れた。
 かみ締めていた歯茎の隙間から、一欠けらも残らず息が漏れていった。
 どく、と波打つ、動脈の感覚がいつもより大きい。肺が、心臓が、酸素を求めて暴れる。
 
 
 ・・・殺してほしいと言ったのは、自分だ。それは、重々承知している。
 だけど・・・今味わう苦しさに、どうしようもなく解放されたくて、もがいた。
 嫌だ、こんなところで、こんな人の手にかかって!死にたくなんか、ないッ!!
 
 
 「 ・・・・・・・・・、っ! 」
 
 
 彼の光は、弱まらない。そこに、一寸の躊躇いもなかった。
 迫る瞳の奥に、醜く顔を歪ませた・・・それは酷い姿の自分が映っていた。
 
 
 
 
 
 
 本当に・・・このまま、私は死んでしまうの・・・?
 
 
 どうして・・・こんな、こんな最期を向かえなきゃいけないの・・・ッ?
 
 
 
 
 
 
 「 ( お、父さんっ、お母さ、ん・・・・・・ ) 」
 
 
 
 
 
 
 酸素不足に眩暈を起こすと、とうとう視界が曇ってきた。
 自らの運命の『 理不尽さ 』を呪いながら・・・目を、閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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