「 失礼する・・・、具合はどうだ? 」


ちょうど床から身体を起こして、牀榻を一度整えようとしていたところだった。
天蓋の向こうに見えた顔に、私はぺこ、と頭を下げた。


「 お帰りなさいませ、子龍さま 」
「 ただいま 」


子龍さまがこうやってにっこりと微笑む姿に・・・正直、まだ慣れずにいる。
だ、だって、本当に素敵、なんだものッ!伯言も笑顔が『 武器 』だっただけあって、 クラクラするほど綺麗な笑みだったけれど、年齢が近いこともあってまだ直視できてた、と、思うのよね・・・多分。
( 7割・・・いや6割くらい、かな・・・? )
でも、やっぱり・・・と年上の旦那さまを見上げれば、視線に気づいてか彼も視線を投げてくる。


「 どうした? 」
「 い・・・いえ、何でも、ありません 」
「 食事にしようか。玉葉、用意してくれ 」
「 かしこまりました 」


玉葉の手の音が響いて控えていた侍女たちが食事を運んできた。子龍さまと私の2人分の食事。
私が半身起こして食事できるようになってからは、こうして顔を見ながら夫婦で食事を摂ることになった。 用意している間に軽装に着替えてきた彼は、牀榻の横に小さな机と椅子を自分で用意する。
最初は驚いたけれど、まだ牀榻から出て食事を摂れない私の近くに居たいんだ、と 彼は言ってくれた。
そして、その位置がいつの間にかお決まりの『 場所 』になり、 玉葉が私のために考えてくれた病人食の献立を彼も一緒に食べてくれる。
そこまで、気を遣わなくてももいいのに・・・と思う反面、彼の優しさが嬉しい。






目覚めてから・・・子龍さまは、とてもこまめに部屋を訪ねてくださる。


熱が下がってきたので、どうやら玉葉が部屋に入れてくれるようになったのだと言っていた。
それまでは、病を移さないために完全隔離されていたと聞いて・・・どれだけ自分が高い熱を 出していたのか初めて知らされた。 彼はまだ私の身体をとても心配してくれていて、執務の為に朝から夕方までは登城しているが、 屋敷に帰れば一番に私の部屋へと顔を出して下さるようだった。
きっと蜀の大将としてお忙しいと思うのに、どうして私のためにここまでしてくれるのだろう・・・。






私は、伯言のことが好き。その気持ちに、嘘も偽りもないけれど・・・。


こうして・・・子龍さまの優しさに触れると心が温かくなる。罪悪感すら包み込まれる、優しさに。






「 そういえば、尚香さまがそろそろ貴女に逢いたいと仰せだったよ 」


香草の入った粥を食べながら、彼は言う。匙を持っていた手が止まった。


「 尚香さまが、ですか? 」
「 ああ。どこから聞きつけたのか、貴女が病気だと知ってね。毎日、執務室にいらっしゃるんだ。
  どんな様子なのか、毎回聞かれて・・・でもほら、しばらくはわからなかったじゃないか 」
「 そう、ですね・・・お部屋に入れてもらえなかったんですものね 」
「 そうしたら、そんな男は夫失格だと言われて挙句、散々説教されてほとほと困っていたんだ・・・。
  やっとに逢えて今は一緒に食事している、と言ったら・・・ほら、 」


そう言って、子龍さまは机の端の方に置いていた小さな包みを開いた。
紫色の布に包まれていたものは、掌よりも少し大きいくらいの陶磁器だった。
蓋を開けて確認すると、黄金色に輝くとろりとした液体は、もしかして・・・。


「 蜂蜜?? 」
「 それも、王宮秘伝の、とかで、他では絶対手に入らない品らしい 」
「 え、えええ!?い・・・いいのでしょうか、そんな高価な品を私なんかの為に 」
「 有難く受け取っておきなさい。尚香さまからのお気持ちなのだから 」


でも・・・と、俯いた私に、彼の咳払いが聞こえた。
周囲をきょろきょろと見渡して( 部屋の端には玉葉たちが控えているのだけど・・・ ) なぜか声の音量を落として、ひそひそと話すように顔を寄せた。 端正な顔立ちを神妙そうに近づけて、子龍さまは溜め息を吐く。


「 ここだけの話・・・尚香さまには身分云々ではなく、頭が本当に上がらないんだ・・・ 」
「 ・・・・・・へ? 」
「 殿の奥方様という以上に、弓腰姫と謳われるだけあって武芸にも秀でていらっしゃるし。
  それにあんなに口が達者な方に、私は初めてお逢いしたというか・・・口下手な自分が、歯痒い 」


せめて、馬超ほど饒舌なら、私も尚香さまに勝てるかもしれないのに・・・。
なんて・・・眉根を顰めて、深刻な顔つきで口を尖らせるものだから。
拗ねている子供を相手にしているようで、私はたまらず吹き出した。
声を上げて笑う私の姿に、彼は最初ぽかん・・・としていたが、釣られたように笑顔になる。






「 ・・・ああ、やっともう一度『 貴女 』に逢えた・・・ 」






何か彼が呟いた気がしたが・・・ひとしきり笑った後に尋ねても、彼は教えてくれなかった。
苦笑交じりに頬杖をついて( でも、どこか嬉しそうに )私の笑いが収まるのを待っていてくれた。


「 子龍さまは、口下手なんかじゃないですよ? 」


私ともこうやってお話してくださるし、玉葉や他の皆さんにも主人としてよく声をかけていると思う。 何か失敗があって謝っても理由を聞かずに責めたりしない。かと思えば、手綱を厳しく締める時もある。
ちゃんと『 人を使い分ける 』ということを、ご存知のようだ。
同じように、城では軍隊を統一していらっしゃるのなら、さぞ慕われる上司だろう、と思う。
( 私の場合、女将さんがそうだったもの。甘さも辛さも、何事も適度な匙加減で・・・と )


「 ・・・そう、だろうか。は、私と話していて、退屈しないか? 」


伺うような彼に思いっきり首を左右に振る。すると、少しだけほっとしたような表情を見せた。


「 よかった。貴女にそう思われているのなら今後『 口下手だ 』と言われても気にしない 」
「 どなたに言われるんですか? 」
「 うん・・・・・・馬超に、な 」


と、バツの悪そうな顔で頭を掻くから、またもや勢い良く吹き出す。
部屋の隅にいた侍女たちも、クスクスと肩を震わせている。
馬超さまなら言いそうだわ、とか、あの方に言われてしまっては子龍様も形無しね、とか。
玉葉がその都度注意するけれど、彼女も・・・笑ってしまいそうなのを必死に堪えているのがわかる。
どこか諦めた表情で、子龍様はやれやれ・・・と肩を竦めて、一緒になって笑い出した。


「 ( 子龍さまって・・・こんな人だったんだ ) 」


今日は、子龍さまのいろんな面が見れて、楽しい。
賑やかな声が部屋に響き、粥よりもほっこりとした、温かな空気が部屋の中を満たした。






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