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 が、熱に再度倒れたと聞いたのは、それから一刻ほど後のことだった。
 
 
 
 
 「 ・・・・・・そうか 」
 「 趙雲さま・・・? 」
 
 
 返事をしたきり口を噤んでしまう。興味なさそうに、変わらぬ素振りで外へと視線を向けた。
 そんな私を見て・・・報告してきた玉葉が、驚いた顔をした。
 人払いをすると、趙雲さま、と嗜めるような口調で私を呼んだ。
 
 
 「 ご事情までは存じ上げませんが、奥方様にあまりお辛くあたるのはお止めなさいませ。
 お二人を見ている侍女たちが、何があったのだろうと不信に思います 」
 「 玉葉・・・今回は口出し無用だ。これは夫婦間の問題だけではない。
 は呉から送られてきた者だ。殿の、国の沽券に関わることなのだ 」
 「 そのように奥方様を取引材料のように扱うものではありません。
 どんな理由があれ、趙家へ嫁がれてきた方なのですよ、それを・・・ 」
 「 それがそもそも間違いだったのだ・・・!! 」
 
 
 振り下ろした拳が、どん!と机を叩く。玉葉が淹れてくれた、茶器が横倒しになった。
 受け皿の上に茶が零れる。それを冷ややかに見つめた彼女が、きっと強い眼差しで私を睨んだ。
 
 
 「 ・・・冷静におなりませ、趙雲さま。どうして奥方様を信じて差し上げないのですか 」
 「 信じていたさ!を、大切にしたいと思った・・・だが、裏切られた!! 」
 
 
 頭に血が昇っているせいか、暴言をぶつけてしまっては彼女が可哀相だ。
 事情を知らないのに、激情だけを吐き捨てているのはわかってる。
 
 
 
 
 ・・・だが、止まらない。この気持ちは、何だ。
 
 
 
 
 私はを妻に迎え、彼女が蜀で気持ちよく過ごせるように気を遣ってきたつもりだ。
 彼女を『 大切 』にすることは国への忠義に繋がると信じて。殿も、そのようにと仰っていていた。
 深窓の令嬢として育てられたのなら、わからないことも多かろう。
信頼できる玉葉を付け、戦に出ることの多い私に代わって、いずれは趙家を預けられるような
女性になってもらいたいと・・・。
 
 
 
 
 
 
 『 ・・・・・・伯言、ッ・・・・・・!!! 』
 
 
 
 
 
 
 かすれた声で呼んだものは・・・私の名前では、ない。
 ああ・・・丞相殿の言うとおりだった。彼女は、従兄である陸遜殿を愛していたのだ。
 行為の間も、熱にうなされている間も、彼女の心に住んでいたのは私ではなかった。
 私に抱かれながら・・・は、別の男のことを想っていたのだ。
 
 
 男として、悔しい。裏切られた彼女に腹が立つ。嫉妬に駆られ・・・気が、狂いそうだ。
 
 
 
 
 
 
 けれど、一番苦しいのは・・・そんな二人を裂いたのは自分かもしれない、という事実だ・・・。
 
 
 
 
 
 
 「 諸葛亮さまがいらっしゃった時に只事ではないことが起こったことくらい、私もわかっております 」
 「 ・・・玉葉・・・ 」
 「 でも、奥方様を・・・さまを、信じてあげてくださいませ。
 私の誇りにかけて、決して悪い方ではありません。蜀に慣れようと努力しておいです。
 そして、趙雲さま。貴方もご自分の『 目 』を信じなさいませ。あの方を望んだのは、貴方様です。
 さまの中に、共に過ごしてもよいと想う何かを見つけたからこそ・・・娶られたのでしょう? 」
 「 ・・・・・・・・・ 」
 「 さまが、馬超さまと尚香さまに連れていらっしゃった時、それはそれは不安そうでした。
 儀礼を全て無視していらっしゃったのですから、当然です。
 けれど、強い覚悟があるからこそ嫁がれたのでしょう。その覚悟を信じて差し上げなさいませ 」
 
 
 
 
 
 
 峠で見かけた時、彼女は陸遜殿と並んで遠くを見ていた。方角からして蜀だった。
 
 
 国同士の婚姻。普通なら長い時間をかけて婚礼に至るが、特例中の特例だったために、わずかな準備期間でしかなかったはず。
国主である殿のでさえ、ちゃんと呉へと赴き、尚香さまと一緒になったのだ。
 礼に外れた行為だと世間では言われるだろう。それでも呉は早急に事を進め、花嫁を差し出してきた。
 そして何より、本来なら呉に赴いて顔を合わせる私たちは、婚姻が成り立って初めて、互いの素性を明かしたのだ・・・。
 
 
 は、あの日泣いていた・・・それでも、儀式までの日をこの屋敷で大人しく過ごし、式を挙げた。
 
 
 何を想い、どんな覚悟で、華燭の典に望んだのだろう・・・それを、私は考えたことがあっただろうか。
 
 
 
 
 
 
 「 ・・・話を、聞かせてくれるだろうか、彼女は 」
 
 
 未だ土地になれぬ子供の手を引いていた、と思っていた。
 ・・・けれど、彼女は自分の足で立ち、私の隣に並ぼうとしてくれたのかもしれない。
 居場所を作ってやりたいという『 哀れみ 』は独りよがりで、に失礼だったのではないか。
 
 
 「 大丈夫ですわ・・・きっと、お話くださいますよ 」
 
 
 にっこりと玉葉が微笑む。母代わりに面倒見てくれている彼女にそう言われると叶うような気がして。
 私は安心したように長い息を吐く・・・馬超も、話してみなければわからぬ、と言っていた。
 あいつに諭されるのは悔しいが、実際、その通りなのだろうな。
 ( そしてそれをわかっているから、馬超は女性にも好かれるのだろう・・・ )
 
 
 「 ・・・は伏せているのだろう。なら、治ってからだな 」
 「 確かにお話は完治してからのほうが良いと思いますが、顔だけは見せて差し上げなさいませ。
 不安に思われておいででしょうから・・・その方が、治りも早いかと 」
 「 そうだな・・・ 」
 
 
 あんな捨て台詞を残して去ってしまったのだ。再度倒れたのも、私のせいだろう。
 ・・・熱が引いたら、今度こそ二人で話す時間を設けて・・・。
 彼女が、これからどうやって『 生きていきたい 』のか、本人に訊ねてみよう。
 
 
 その結果が『 呉に還す 』ことであっても、私は・・・。
 
 
 唇を引き締め、ぎゅ、と拳を握る。のことを・・・今なら、まだ手放せる・・・。
 私の『 望み 』より、どの『 未来 』が彼女にとっての幸せなのか・・・見極めなければならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そう思った矢先だった・・・・・・丞相殿のお達しで、2人揃って殿の前に参上することになったのは。
 
 
 
 
 
 
 熱が身体に残っているが、は行くといって聞かなかったらしい。
 ( 無理をしてまで・・・呉に帰りたいと願うか )
 
 
 病人を馬に乗せるのは無理だろう。一人乗りの輿を用意すると、彼女を乗せる。
 白竜に跨った私は護衛をするようにその横に並び、いつもより重い気持ちで城門を潜ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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