| 
 | | 
 
 
 
 
 
 
 
 磨かれた廊下を、二人並んで進む。
 ふと俯いたが、時々、は・・・ッと荒い息を吐いて、速さを緩めた。
 完治していない彼女は、長い廊下を歩くことすら辛いのだろう。
身体の奥にある真熱は下がっていないようなので、くれぐれも無理はさせないようにと玉葉に言われている。
 ・・・彼女に触れるのは、あれ以来だ。辛そうに丸めている背中をそっと撫でた。
 はっと見上げたの瞳は、熱を孕んで、赤く潤んでいた。
 
 
 「 大丈夫か?謁見が終わるまでの、辛抱だからな 」
 「 ・・・・・・はい 」
 
 
 小さく頷いて、身体を起こす。
 先程よりも確かな足取りで、謁見の間へと辿り着く。
 
 
 「 趙子龍、参りました 」
 
 
 謁見の間の、背丈より高い大きな扉が徐々に開いていく。
 ちらり、と隣を見れば、も眩しそうに目を凝らして、その先を見据えていた。
 
 
 ・・・彼女を護る。殿がどんな結論を、彼女に下そうとも。
 
 
 紅色の絨毯に、決意に満ちた一歩を踏み出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 深く叩頭した私たちに、上げよ、と殿の低い声がかかる。
 私が上げた気配に次いで、彼女の頭が少しだけ持ち上がる。だが、完全に上げられないのだろう。
 俯いたまま震えているの様子を見て・・・孔明殿が、さて、と瞳を細めた。
 
 
 「 劉備殿には、私からすべて説明させていただきました 」
 
 
 孔明殿から殿へと視線を移せば、殿は私を見つめて神妙に頷いた。そして、へ向き合う。
 
 
 「 、そなたの出自については問い詰めはしない。私も、自慢できるような出自ではないのでな。
 だが何故、陸家の者と身分を偽り、この地へ嫁ぐことになったのか・・・そこが重要なのだ 」
 「 ・・・・・・・・・ 」
 「 そこに、何か呉の策略が絡んであるのなら、蜀を治める者として見過ごすわけにはいかぬ。
 ・・・答えよ、。そなたは、何故この国に遣わされたのだ 」
 「 ・・・・・・・・・ 」
 
 
 は無言で頭を下げた。何も申し上げることはない、と拒否する行為。
 ・・・しかし、それでは自分の罪を認め、殿の裁きに身を委ねることと同じだ。
 沈黙を貫き通すことで、折檻や死罪を下されてもおかしくないというのに、彼女は・・・。
 殿の溜め息が小さく聞こえた。そして、孔明殿と視線を合わせて、口を開こうとする。
 
 
 「 待ってください!!! 」
 
 
 予想していたより、大きくなってしまった声に驚き、慌てて自分の口を塞ぐ。
 殿と孔明殿も当然驚いたような顔をしていた。隣にいるも、下げていた顔を上げて私を見ている。
 
 
 「 お待ちください、殿!彼女の処遇については、この趙子龍にお任せを! 」
 「 ・・・趙雲? 」
 「 孔明殿にも全権を委ねていただきました。彼女の今後については、私に考えがございます。
 どうか、お任せいただけませんでしょうか・・・!! 」
 
 
 勢い良く頭を下げた私を見て、誰もが動揺している様子なのは、気配でわかった。
 けれど・・・すぐに平静を取り戻した孔明殿が、くすりと笑う。
 そして、わかりました、と声がし、私とは彼を見上げた。
 
 
 「 そこまで趙雲殿が仰るのなら、殿の処遇、やはり貴方にお任せいたしましょう 」
 「 孔明・・・ 」
 「 正直、呉との関係が、彼女一人の存在で大きく変わるわけではありません。
 この婚姻に、何か含むところがあれば別ですけれど・・・彼に委ねてみましょう。
 趙雲殿は、誰よりも殿に忠誠を誓っておいでの方。心配は無用でしょうから 」
 
 
 と、にっこり笑う。それ以上口も挟めず、殿が深い息を吐いた。
 
 
 「  」
 「 ・・・・・・はい 」
 「 そなたの口からひとつだけ聞きたい。貴女の背後に、蜀に仇なる陰謀はないのだな? 」
 
 
 は、静かに額を床につける。
 
 
 「 ・・・ございません 」
 
 
 震えてはいなかった。それだけは、嘘、偽りなどないのだというように。
 きっぱりと宣言した姿を見て、殿の視線は彼女の隣にいた私へと移された。
 
 
 「 では趙雲・・・あとは、そなたに任せよう 」
 
 
 は、と伏すと同時に、退室の銅鑼が鳴った。殿が立ち上がって踵を返すと、衣擦れの音がする。
 玉座から人気が去り、周囲の者も誰もいなくなった。肩の力を抜いて・・・私は、彼女へと向き直る。
 、と呼べば、素早く彼女も向き直って、殿に見せた以上に強く額を擦りつけた。
 
 
 「 申し訳ございません、子龍さま!!申し訳ございません、本当に、申しわ、け・・・ 」
 
 
 最後は、涙声の中に消えていく。必死に泣き声を押さえようとしても抑えきれない、といった様子だった。
しゃっくりを上げても、嗚咽が上がっても・・・一生懸命謝ろうとする姿に、胸が詰まった。
 彼女の肩に触れ、そっと抱き起こす。涙で濡れた顔を、着物の裾で拭ってやるが一向に止まらない。
 大粒の涙が、あとからあとから零れて、折角水気を吸い取った頬を幾度も伝った。
 苦笑まじりに、私は語りかける。
 
 
 「 ・・・貴女の口から、聞かせてもらいたいことがある 」
 
 
 頼む・・・と頭を下げようとした私を、すかさず制止する。
 の、決意を秘めた強くて大きな瞳に、自分が写っているのが見えた。
 
 
 
 
 「 ・・・すべて、お話、します・・・ 」
 
 
 
 
 そう言って、また零れたひと雫を・・・拭いながら、頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
39
back index next | 
 | 
 |