待ち合わせ場所に立つ、子龍さまの姿はすぐに見つけることができた。
子龍さま!と声をかけようとして上げかけた手を・・・何となく、下ろしてしまう。
子龍さまの隣には、馬超さまがいて。
煌びやかな鎧姿ではなく、平服を纏っているのに・・・周囲の人々の視線の的だ。
元々持っている武人気質みたいなものは、隠し切れない。そうでなくとも文句無しの美形だ。
着崩したように衣装を纏っている方が、むしろ艶やかさが匂い立つ。
「 ( 揃って立っていると、より圧倒的・・・ ) 」
女性はもちろん、通りすがりの男性も見惚れているのはそういう『 理由 』なんだと思う。
「 ( 私・・・そんな人のお嫁さんで、本当に良いのかな ) 」
ふと見下ろす、自分の姿。
屋敷を出て『 元 』の姿に戻った私は、どこにでもいる普通の町娘だ。
ただの一市民に戻って群集に紛れてしまえば、子龍さまにはきっと見つけられない。
人並みの容姿しか持ち合わせない私が隣に立つのは、雄々しく美しい彼の『 恥 』になって
しまうのではないだろうか・・・。
そう考えると自然と足が止まってしまった。
下ろした手を、ぎゅっと胸に抱くと、いかがしましか?と護衛兵の彼が不思議そうに首を傾げる。
「 ・・・いえ、あのやっぱり屋敷に戻・・・ 」
「 っ!! 」
喧騒の中、一際大きな声がした。踵を返そうとした私の背中を目指して、真っ直ぐ進んでくる。
茶店までは距離があると思ったのに。すまない、通してくれ、と言いながら、周囲の人込みを
掻き分けるように走ってきた彼は私の前に立つと、嬉しそうににっこり微笑んだ。
「 やっぱり・・・だ!来てくれてありがとう! 」
「 ・・・子龍さま・・・ 」
「 ここのところゆっくり話も出来なかったが、今日は少し時間が空いたんだ。
成都を案内する約束だったろう?さ、どこに行きたい?市場か、それとも茶店に入るか? 」
少し屈んで、内心驚いている私に視線を合わせると、矢次に質問が飛ぶ。
今度はどれから答えようかと焦っていると、豪快な笑い声が彼の背後から聞こえた。
私の視線に気づいてか、笑いを収めた彼がにかっと笑った。
「 久しぶりだな、。具合が回復したそうで何よりだ 」
「 お陰様でこの通り回復いたしました。ご心配していただきましてありがとうございます、馬超さま 」
「 うむ!・・・では、俺は『 俺の女 』と出かけてくるか。じゃあな、趙雲 」
「 ああ・・・ありがとう、な 」
頬を赤くした子龍さまに、意味ありげな視線を送る馬超さま。
きょとんと見上げた私の頭を、子供にそうするように2、3度撫でると、子龍さまと待ち合わせた茶店の中へ入っていった・・・
あ、もしかして待たせている女性がいたのかな。
馬超さまの背中を見送ると、子龍さまは護衛をしてくれていた老兵に屋敷へ戻るよう指示を出していた。
御礼を言って頭を下げれば、また更に低く叩頭するので、隣で見ていた子龍さまが笑った。
「 さて、どこへ行こうか・・・は行って見たい場所、ないのかい? 」
「 え、ええっと・・・ 」
そうやって改めて言われると・・・どこでもいいような気がする・・・( 子龍さまには悪いけれど )
だって今は目に付くもの、全てが真新しい。呉の国から出たことのなかった私は、この場所が
同じ大地の上であることさえ信じられないくらいなんだもの。
ましてや今日の成都はお祭り一色だ。周辺を歩くだけで、すごく楽しい時間になると思う!
「 あのっ、どこでも構いません! 」
「 ・・・そうなのか? 」
「 どれもこれも目新しくて、身体がうずうずしちゃって決められないんです!! 」
と正直に告げると、苦笑した子龍さまが私の手を取る。
肩が跳ね上がりそうなくらい驚いた私を引っ張って、あっという間に市場の中へと突入した。
うわっ、と小さな悲鳴を上げるものの、もつれそうな足を必死に動かして人の流れに乗る。
まるで目印のように・・・繋いだ手の向こうで、子龍さまの長い後ろ髪が揺れた。
「 蜀の市場へ来るのは初めてだろう?成都が賑わうのは、この時期だけなんだ。
特に行きたい場所がないなら・・・そうだな、私の買い物に付き合ってくれないか 」
「 は・・・はい!! 」
お買い物かあ・・・街を散策するにはちょうどいいかも。うん、わくわくしてきた!
何がどこに売っているのか、私も知っておきたいし。蜀の市場ってどんなものを扱っているんだろう。
私がいた街は、呉の中でもそこそこ栄えていた方だけど、どう違うんだろう?
土地によって収穫できる作物も違うし、蜀での料理を覚えたいかも・・・でも、
「 ( でも、呉との差を知って・・・私は、郷愁に駆られるのだろうか・・・ ) 」
・・・ふと、そんな『 想い 』が頭を過ぎる。
どうしたんだろう、今日は。今までこんなこと考えなかったのに・・・何か、変。
久々に外出しているせいだろうか。他人の視線に晒されて、感情の浮き沈みが激しい気がする。
私はあの日、子龍さまに『 蜀に残りたい 』と懇願したというのに。
こんなこと考えちゃダメだ。子龍さまに、また・・・心配をかけるようなこと、想っちゃダメだ。
今は子龍さまのことだけ『 見て 』、子龍さまのことだけ『 想い 』たい・・・。
だって・・・とうに惹かれ始めてる。
晴れた日の空のような、曇りのない眼を持つ誠実な子龍さまに。
「 ( ああ、私・・・やっぱり、この人に恋しているんだ・・・ ) 」
認めれば『 納得 』の二文字が、すとんと胸に落ちてくる。肩の力が一気に抜けた。
二度目の恋はあっさりと、だけどゆっくり・・・私の中を満たしていった。
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