子龍さまお薦めの桃饅頭は、ほどよい甘さでとても美味しかった。
頬張りながら、どんな過程で作られているのだろう・・・と考えてしまうのは料理人の悪い癖だ。


「 ・・・どう?美味しい?? 」


無言のまま黙々と食べていた私に、子龍さまが遠慮がちに訊ねてくる。


「 はい、とっても!すみません・・・食べるのに夢中になっちゃって 」
「 構わないよ。はは、やっぱりは根っからの職人なんだな 」
「 そうかもしれません、ふふっ 」


最後の一口を食べて、子龍さまに差し出された飲み物を口に含む。
この花の香りのするお茶も実は気になっている。苦味も少なく、後味が爽やかなので、どんな料理とも相性が良さそう。 饅頭や包子だけじゃなくて、もっと他の料理でも試してみたいかも・・・うん。
茶碗の中身をじっと見つめていると、彼が向かいでくすりと笑う気配がした。


「 屋敷の皆には饅頭だけじゃなく、茶葉も買っていこう。の作る料理とも合いそうだ 」
「 えっ!?あ、あの・・・ 」
「 料理、作りたそうな顔してる。それを楽しむためにも、このお茶は必要不可欠のようだから 」


お見通しだよ、と微笑んだ彼は、お店の人に茶葉をわけてくれるよう頼んでいる。
その後姿に見惚れながら、ふと自分の顔に手を当ててみる。そ、そんなに出てたかしら、私・・・。
きゅうっと胸の奥が締まる。恥ずかしいけれど、子龍さまが気づいてくれて嬉しい。 頬の熱を隠そうと当てている手まで、熱が移ったかのように熱くなっている。わ、耳まで真っ赤だ、どうしよう。


「 ( ほんと・・・どうしよう・・・ ) 」


・・・こんな時どうしたらいいか、わからない。


だって練師さまにも、伯言にも教わらなかった。
伯言は『 旦那さま 』役だったけれど、やっぱり今思い返せば『 代理 』は あくまでも『 代理 』でしかないんだ。それに、呉にいたあの頃は、彼以外に恋をするだなんて思わなかったから。
こうして一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、私を優しく見つめ返してくれる子龍さまにどう接していけば良いのか、私の方が戸惑ってしまう。


「 ( ・・・子龍さま、は・・・私のこと、どう思ってくださっているのだろう・・・ ) 」


この胸の中の想いが『 恋慕 』だと認めるまで、随分時間がかかってしまった。
子龍さまはお逢いした時から変わらず、大切にしてくれる。私の味方でいてくれる。


「 ( 口づけてくれたけれど気持ちを確かめた訳じゃない・・・もちろん両想いだったら嬉しいけど ) 」


と、同時に重ねた唇の感触が蘇って・・・今度こそ、熱を隠そうなんて悩むのも馬鹿らしいくらい、 全身熱を帯びたのが自分でもわかった。
戻ってきた子龍さまは、どうしたの?真っ赤になって・・・と首を傾げるので、適当に笑って誤魔化す。
彼が持っていた皆へのお土産を持とうとすると、それは私の役目だから、と持たせてもらえなかった。


「 奥方に重いものを持たせる旦那さんなんていないだろう? 」
「 そ、そうでしょうか・・・でも茶葉ですから軽いし、私が子龍さまに買ってもらったものですから 」
「 ・・・なら、手を繋いでくれる?それから、次に行く店で最後にしようか 」
「 は・・・はい 」


繋ぐのが初めて、という訳じゃない。今日だって、走り出した時には人込みの中でもはぐれないように引っ張ってくれた。 だけど・・・改めて言われると、何だか照れくさい。
荷物を持っていない方の手を、とる。隣に並んだ私を、子龍さまは真っ直ぐ見下した。
そして、ぎゅっと握った手を優しく引いて、最後のお店へとゆっくり歩き出した時に、蘇る子龍さまの声。




『 今更かもしれないが、貴女とやり直したいと思っている 』




・・・子龍さま。私たち、いつか『 夫婦 』になれるでしょうか。
これからもこんな風に手を繋いで、二人並んで穏やかに歩いていくのでしょうか。


そんな風に錯覚してしまうほど、穏やかな時間だった。












最後のお店、と子龍さまが連れて行ってくださったのは、街の少し外れにある小さな呉服店だった。
他のお店のように店先にに布を並べているようなことは無く、まるで祭りから置いていかれたように静かだった。 お休みなのかな・・・と思ったのは、私だけじゃなかったようだ。 彼も扉を数度叩いてから、伺うように店の中へと入っていく。


「 ちょっと中を見てくるから、此処で待っていてくれ 」
「 わかりました 」


私の返事を確認するように頷いてから、扉の奥へと消えていく。
ふう・・・と一息吐いて、遠くの喧騒へと視線を送る。賑やかなのは中心地だけなのだろう。
こうして裏道に入っただけで、いつもの成都の景色が目に入る。


「 ( お祭りの無い時で構わないから・・・また、成都の街を散歩してみたいな ) 」


繋いでいた手を、広げてみる。
私なんかよりも、ずっと大きな掌。子龍さまに初めてお逢いした時も、伯言より大きい手だと思った。
男の人との違いを感じる時、私は女なんだって改めて思い知らされる気がする。
でもそれが、嫌なんじゃない。役に立たないことも多いけれど、女の私にしか出来ないこともある。






「 ( ・・・伯、言 ) 」






瞼を瞑れば、彼はまだそこにいる。
私は、彼の役に立てただろうか。呉の情報が一切入らなくても、それだけが知りたい。


整えられた、綺麗な微笑み。嫌な奴だとわかっていても、見つめる度にどきどきしてた。
裏に隠している感情なんか微塵も出さず、冷徹で高慢な人だと想ってたのに、彼はやっぱり年齢相応の『 陸伯言 』だった。 お互い言いたいことを言い合って、ぶつけて、喧嘩もして、いっぱい泣いた。
・・・それでも、愛してた。彼も愛してくれた。
どんな理由があっても、あの日重ねた温度を忘れることなんてできない。


本当に、結ばれていたら・・・私たち、どうなっていただろう・・・。






ふるふる、と首を振って瞳を開ける。ダメダメ、もう考えないって決めたもの。
だけど、伯言のことは思い出さないと決めても、子龍さまに恋をしても・・・忘れられない気持ちが 今も胸に息づいている。どんなに後悔しても、もう届かないことは心が追いつかないだけで、 頭では理解している。 それだけ伯言を想っていたからこそ、この恋に気づくのに時間がかかってしまったのだけど。


「 ( ・・・そういえば ) 」


子龍さまはどうなっただろう・・・と、店先から身体をずらした時だった。
右頬を掠めた気配に振り向こうとすると、そのまま口元を塞がれる。
驚きに悲鳴も上げられず、あっという間に後ろをとられて暗闇へと引きずりこまれた。 建物と建物の間にある、ほんの隙間へと追いやられた私は、ようやく自分の置かれた状況に気づいて声を上げる。


「 ンッ!んんッ、ん・・・!!! 」
「 静かにしてください。危害を加える気はありませんから 」


抵抗する私の口を押さえてまま、もう片方の手で一本指を立て自分の口元に当ててみせる。


「 ( この、声、 ) 」


ぴしりと動きを止めて固まった私に『 彼 』は口元を緩めた。
そして・・・頭から目深に被っていた大きな布を、そっと外す。現れた鳶色の髪に、目を瞠った。
揺れる緑色の髪飾り。髪よりも濃い茶褐色の瞳が、優しい光を称えていた。
瞠ったままの私の瞳から涙が零れ、滲んだ視界の中でも・・・彼は『 綺麗に 』微笑んだ。










「 お久しぶりですね・・・ 」










46

back index next