これは、夢・・・?
だとしたら、随分と酷い夢だ。あまりに私が伯言に逢いたがるからって・・・こんな・・・。
「 残念ながら生身ですよ。は相変わらず、私をすぐには信用してくれないのですね 」
大人しくなった私の拘束を解くと、伯言は苦笑する。
恐る恐る伸ばした私の手をとり、自分の頬へと当てたと思えば、素早く唇を押し当てた。
そう、こんな時、いつもなら絶対に怒ってた。悪戯ばかりしないで!って・・・だけど、今は・・・。
「 ・・・は・・・くげ、ん・・・ 」
「 はい 」
「 伯、言・・・ 」
「 はい 」
「 伯言・・・本当に、伯言、なのね・・・? 」
「 ・・・はい、 」
彼がにっこり微笑んだのが合図。狭い路地の中で、私たちは抱き合う。
容赦なしに抱き締められたことよりも、自分の嗚咽で呼吸が苦しかった。
顔を押し当てた伯言の服が涙でどんどん濡れていくのも気にせず、私は彼を無我夢中で抱き締めた。
「 伯言ッ!伯言、伯言・・・!! 」
「 ああ、逢いたかった・・・本当に、ずっとずっと、貴女をこうして抱き締めたかった!! 」
耳元に感じる熱い吐息が、いかに私を欲していてくれたのか教えてくれる。
伯言の胸に閉じ込められて、息も出来ないほど抱き締め合って・・・お互いの存在を確かめる。
しばらくして、ようやく少しだけ満たされたのか身体を離す。
ゆっくりと顔を上げると、そこには夢にまで見た伯言の顔があった。
私の前でだけ見せてくれる、彼の、少しだけ子供のような素顔。
硝子玉のような大きな瞳に、自分の姿が映っていた( ああ、いつかのような汚い顔になってる )
彼は泣き腫らした顔をひと撫でし、おや、酷い顔ですね・・・とクスクスと笑った。
「 伯言の馬鹿!誰がこんなに泣かせたと思ってるのよ! 」
「 ええ、私です。でも・・・そんな貴女も、とても可愛らしいと思ってます 」
「 ・・・今、でも? 」
「 今でも、です。変わりませんよ、への想いは・・・ 」
優しい光を称えた瞳は、あの頃よりももっと大きな温かい光になっていて、自然と胸が高鳴る。
涙とは別に湧き上がる・・・熱。奥底に閉じ込めていた気持ちが、泡のように沸々と浮かんでくる。
水面に浮かんでは弾ける感情に堪えきれず、再度飛びつこうとした私を彼が制した。
「 残念ながら今は時間がありません。間もなく、趙雲殿が戻ってくるでしょう。
・・・よく聞いてください。今晩、屋敷の者が寝付いた頃に趙家の屋敷に忍び込みます 」
「 ええッ!?で、でも、危険じゃ・・・ 」
「 趙雲殿とは寝室を分けているとか。ならば露見することはないでしょう、宵に間者に案内させます 」
「 間者・・・って趙家、に!? 」
「 趙家だけでなくどこにでも潜んでいるものです。手筈が整うまで、大人しく待っていてくださいね 」
唇を歪めた彼は、軍師としての顔だった。
不安そうな顔をしたままの私の頭をそっと撫でて、また逢えますから・・・と苦笑した。
「 大丈夫です、。それでは、今夜 」
「 伯言・・・きっとよ、きっとだからね! 」
「 ええ、約束します! 」
頬に一瞬の熱を残すと、彼はそのまま店とは反対の方向に走り去っていく。
口付けされた場所に手を当てて、放心したまま・・・私は彼の背中を見送っていた。
・・・本当に夢を見ていたような気分だ。伯言が見えなくなれば、幻だったのではないかと疑ってしまう。
「 ( でも・・・夢じゃない・・・ ) 」
震える身体を抱き締める。伯言が抱き締めてくれた、自分の身体を。
「 ( それに、今夜・・・もう一度逢える ) 」
趙家の家人に、間者がいるなんて・・・。
当然、私に気づかれるような間抜けな人じゃないんだと思うけれど、一体誰だろう。
子龍様と部屋を分けていることを知っているならば、案外近くにいる家人なのかもしれない。
「 ( ・・・そういえば、子龍さまは? ) 」
はた、と気づけば、ようやく本当に『 夢 』から醒めたのだろう。
自分を呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。一体いつから呼んでくれていたのかも、気づかなかった・・・。
慌てて涙を吹いて、冷ますように頬や瞼に手を置いた。それから言い訳も・・・考えなくちゃ。
子龍さまを騙すことに、苦しいほど罪悪感を覚える。
けれど・・・夢から醒めたばかりの私は、伯言で頭の中がいっぱいだった。
「 ?、どこだ、!? 」
「 ・・・ここです、子龍さま 」
暗闇から出るのには、勇気が要った。
というより、子龍さまの微笑みを受け止められる自信がなかった、から。
ごめんなさい・・・子龍さま。
誰よりも誠実な貴方を、いま一度裏切る私を・・・許して欲しいなんて、思わない。
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