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 掌の中に、親指と同じくらいの大きさの鍵がある。
 いつも無口な侍女にむかって、わざと足を滑らせた。つるりと転んだ身体が、体当たりをする
ように彼女に覆いかぶさる。その際に、帯の隙間からこっそり抜き取ったのだ。
 外にいた衛兵が、体当たりをされて弱っているその侍女を介助している一瞬の隙をついて、外へと飛び出した。
あの様子なら、全く気づかれていないに違いない。
 
 
 「 ( 盗人の真似事をするようになるとは思わなかったなぁ・・・ ) 」
 
 
 申し訳ない気はあるけれど、でも・・・どうしても、外に出たかったのだ。
 決意した日から、大人しく練師さまのご指導を受けてきた。彼女はとても優しく教えてくださったし、
今まで身につけたことのない知識を吸収するのは楽しかった。
 このままいけば・・・私は『 作戦通り 』蜀へと嫁いでいくのだろう・・・。
 
 
 ・・・だから、その前に。
 
 
 「 ( しっかし・・・この塀、いくら何でも高すぎない!? ) 」
 
 
 ぐるりと屋敷を囲む、石造りの塀は私の背丈の2倍以上はある。
 部屋を抜けて時間も経っているから、屋敷内も騒がしくなってきた。
 あまり、表立って塀を登ることは出来ない。・・・というか、登って見たけれど、何度挑戦しても
途中で落ちてしまうのだ( だから・・・元々、あんまり運動神経よくないんだってば )
 裸足の方が登り易いかと思って出てきたけど、足の裏がそろそろ痛い。
 こうして塀の傍で、見上げては・・・落ち込む。何度溜め息を吐いただろう。
 
 
 やっぱり一度・・・練師さまにお願いしてみた方がよかったのだろうか。
 慈愛に満ちた笑顔を思い出す。彼女なら、あんまり反対はしなさそうだ・・・けれ、ど。
 
 
 「 ( 問題は、あの人が、何て言うか・・・なんだよね ) 」
 
 
 ・・・思い出したら、ちょっとイラっとしてきた。
 思わず首筋を撫でる。とうに跡は消えたけれど、心の渦の中心に消えない傷がある。
 窓から部屋を出たということが知れれば、さらに警備は強固なものになるだろう。
 失敗したとしても、この好機をふいには出来ない。
 私は腰を上げて、辺りに人気がないのを確認すると、塀の石に手をかける。
 
 
 「 ・・・う、よいしょ・・・っと!! 」
 
 
 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・。
 ココまでは良いんだけれど、この先が、なあ・・・と、次の石に足をかけた時だった。
 
 
 「 ・・・・・・・・・ッ!? 」
 
 
 小さな粒が零れる音がして、ぎくり、とした。
 恐る恐る見上げれば、目指す塀の上に・・・誰が、居た。
 降り立ったその『 誰か 』の靴裏についていた、砂が零れたのだ。
 とうとうバレたのか、と思い、潔く引くか迷っていた時だった・・・その人が、剣を振りかぶった、のと。
 驚きのあまり・・・石にかけていた手が、離れた。
 
 
 「 ッ!! 」
 
 
 身体がふわりと浮かび、足裏にあった固い石の感覚がなくなった。
 でもそれも、一瞬。速度を上げて落下した身体を抱きとめる、強い腕があった。
 悲鳴も上げられず、声を失った私の顔を覗き込む。
 
 
 「 大丈夫ですか、!? 」
 「 ・・・・・・り・・・、 」
 「 良かった・・・無事ですね 」
 
 
 ほっとした顔は、まるで少年のようだった。
 見惚れる暇もなく、すぐに険しい表情に戻ると、声を荒げた。
 
 
 「 ここを陸家の屋敷と知っての狼藉か・・・許しません!! 」
 
 
 私を芝生に降ろすと、腰に下げていた双剣を抜いた。
 その構え方が・・・あの月夜に見た姿と、被る。これから『 起こること 』を想像して、私は身構えた。
 
 
 「 いきますよッ!! 」
 
 
 覇気に、彼の髪がぐ、ぐ、と靡く。素早い一振りをかわし、相手が宙へと飛んだ。
 剣の打ち合う音と気合の声に、屋敷の人間が押しかけてきたようだ。
 ガチン!と刃の交える音が響き、肩を竦めた。初めて『 戦闘 』を目にした私は、恐怖に脅える。
 しばらくして、待ちなさいっ!という声がして、目を開けると・・・既に、侵入者の姿はなかった。
 彼は双剣を収めて、たたた・・・と迷わず私へと駆け寄る。
 
 
 「 どこも怪我はしていませんか!?痛いところは!? 」
 「 ・・・・・・・・・い、え・・・ 」
 「 ・・・怖いでしょうが、しばらく辛抱してください 」
 「 え・・・あ、きゃっ!! 」
 「 は救出しましたと、皆に知らせなさい。それから、部屋に湯を持ってこさせるように 」
 「 は! 」
 
 
 彼は私を横抱きしたまま、近くにいた従者に声をかける。
 従者はすぐに拱手し、屋敷へと戻っていく。
 おおい、見つかったぞお、という声に、人々が反応して声を上げているのがわかった。
 無言のまま・・・呆けたように、その様子を見ていた私に、彼の声が降って来た。
 
 
 「 ・・・皆、貴女の安否を心配していたみたいですね 」
 
 
 その言葉に、はっと気づく。
 
 
 「 ・・・・・・ご、めんなさい 」
 
 
 悪気があってしたことではないけれど、屋敷の人々に、こんなに心配をかけるつもりもなかった。
 だから、すぐに謝ったのだけれど・・・。頭上で、くす、と笑う声がした。
 
 
 「 素直に謝れるのは、貴女のいいところ、ですね 」
 「 ・・・・・・・・・・・・ 」
 「 ・・・さて、戻りましょうか 」
 
 
 彼はそのまま屋敷の中へ戻ろうとした。
 横抱きは、さ、さすがに、恥ずかしい・・・!と、文句の一つでも言いたいところだけど。
 鋭利な刃物を見たせいか・・・恐怖が身体を蝕んでいて、まだ震えが止まりそうにない。
 その原因の一つに、彼に『 触れられて 』いる・・・ということもあった、が。
 ( さっき『 怖いでしょうが・・・ 』と断ったのは、このことだろう )
 
 
 
 
 大人しく抱かれたまま・・・私は、元いた部屋へと帰ることとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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