・・・ちゃぷ、ん・・・
指先から、じわりと温度が沁み込んでくる。ほっとすると同時に、痛みが走って顔を顰める。
「 ・・・痛、っ!! 」
「 裸足で外に出たのですから、傷ついているのでしょう。今、汚れを落とします。我慢してください 」
清潔な布を取って、そっと桶の中に浸けた。傷を労わるように、足の裏にあてる。
そこには、細かい傷があるのだろう。ぴりぴりとした痛みが、頭の天辺まで突き抜けた。
椅子の両端に置いていた手に、力が篭る。ひっこめそうになる足先は、彼に抑えられていた。
「 もう少し、ですから・・・ 」
時折、お湯から出しては、丁寧に息を吹きかけてくれる。
痛みを和らげようとしてくれているのだろう。
何度か繰り返しているうちに、お湯に浸けるのも慣れてきた。
抵抗しなくなった足を、彼はもう抑えなかった。ゆっくりとゆっくりと、優しく拭いていく。
労わるような手つきに・・・どうしていいか、わからなくなる・・・。
「 ( 悪い人じゃ、ないんだって・・・『 信じて 』しまいそうになる・・・ ) 」
さっきの・・・受け止めてくれた時の、表情。あれが本当の彼なんじゃないかって・・・。
顔を合わせたく、なかった。きっと今・・・彼の瞳を見たら、うっかり信じてしまいそうで。
今度は乾いた布で、濡れた足の水気をを拭き取ると、軟膏を塗ってくれた。
包帯を巻く間も・・・俯いたままの私の耳に、ごく、と息を呑む音がした。
「 あ・・・、あのっ! 」
急な声に、反射的に顔を上げる( し・・・視線を、合わせたくなかった、の、に! )
目を見開いたまま固まった私の前に膝を突くと、彼は勢いよく頭を床につけた。
「 もっ、申し訳ありません、でした! 」
「 ・・・え・・・ 」
「 練師様に、怒られるまで・・・私は、気がつきませんでした 」
今までの『 冷徹さ 』はどこにいったのだろう・・・と自分の目を疑いたくなる。
数日前、私を本気で殺そうとした人物とは思えないほど、彼は動揺していた。
申し訳なさそうに、少し俯いて。それから・・・そっと上げた顔は、真っ赤に染まっていた。
「 ・・・貴女の心が、不安でいっぱいになっていることに 」
ちゃんとご説明しないまま、貴女に暴挙を働いてしまいました・・・と、項垂れた。
まだ固まったまま、動けずに居る私の姿を見て、ぐ、と息を呑む。
彼は、一回吐息をついてから私の首へと・・・手を伸ばした。
締められた時の『 恐怖 』を思い出して後ずさるが、首へと伸ばした手とは反対の手で、
逃げようとした私の腕を掴んだ。震えて・・・声も出ない。ぱくぱく、と口だけが魚のように開いた。
「 ・・・ァ、・・・や、っ! 」
「 もう絞めませんから、こちらへ・・・きちんと謝りたいのです、ですから・・・ 」
「 やっ、い、いや・・・、嫌あァッ!! 」
引き寄せられた胸の前で、激しくもがいて暴れる私を・・・とうとう、手放す。
暴れた拍子に、湯の入っていた桶に手が当たって、ひっくり返った。
水が床にぶちまけられた音がしたが、半狂乱になっている私は構わず逃げようとして、
椅子から転げ落ちる。が、足の痛みに立つことも出来ず、どすん、と尻餅をつくと、這いつくばったまま
奥の牀榻に縋り付いた。
「 ( ・・・ダメ・・・怖い、ッ!! ) 」
彼は、今までとは違う。ちゃんと謝る意思があるのだということは、私にもわかる。でも、でも・・・。
震えの治まらない私と距離を置いて、彼が小さく息を吐いた。
すみません・・・これ以上、近寄りませんからと断ってから、彼は離れたところで再度頭を下げた。
「 私は・・・軍師になってから日が浅く、作戦をなかなか受け入れてもらえない時もあります。
貴女を嫁がせる、というこの作戦は、私が考えたものではありません。
しかし、実行するにあたって、私が指揮を執っていたわけで・・・その・・・ 」
一気に喋り出したが、その先を言うのは躊躇ったかのように、彼は口元を押さえた。
けれど・・・言わなければいけない、と思い直したのか、頭を振りながら言葉を搾り出す。
「 失敗しないように、自分が認められたいがために『 恐怖 』で貴女を支配しようとした。
だけど・・・貴女は呉の人間で、呉のために趙雲殿に嫁いでもらうのだ。
『 頼み込むこと 』であって『 脅すこと 』ではない・・・ということを失念していたのです。
本当に・・・本当に、申し訳ありませんでした・・・ 」
肩を落として謝る様を見て・・・自然と震えが止まったようだ。少しだけ、肩の力を抜く。
「 ( ・・・どう・・・したらいいんだろう・・・ ) 」
彼のしたことを『 許す 』『 許さない 』という判断基準で言ったら、正直『 許せない 』んだけれど。
ここまで謝ってくるということは、練師さまに相当怒られたのだろう。
・・・だとしたら、これ以上は可哀相な気がした( 何より、自分で決意したばかりだ )
自分が予想するより、この人には、お世話になるのだろうと思う。
「 ・・・あ、の・・・陸遜、さま 」
「 ・・・・・・・・・?」
「 正直、まだ怖くて・・・触れられるのは、嫌です 」
「 そう・・・ですよね。無神経な行動をとって、失礼致しました 」
「 ・・・でも、私、少しだけ思い直したんです。だから・・・時間を下さい 」
もうしばらくだけ、自分の身の降り方について、考える時間を。
それだけで、陸遜さまには伝わったらしい。彼は、わかりました、と深く頭を下げた。
「 今後・・・私のことは、伯言と呼んで下さい 」
「 ・・・伯言?」
「 私の字です。貴女が従妹なら、きっと・・・そう呼ばれてもおかしくないでしょうから 」
伯言、と馴染ませるように口にすれば、はい、と返事が返ってきた。
彼の顔には、相変わらず笑みが浮かんでいたけれど。最初に見た時のような・・・嘘みたいに
美しいのじゃなくて、もっと自然体の・・・( でも、綺麗であることは間違いないんだけど )
つられるようにして、少しだけ口元を上げれば、伯言がはっとしてように驚いた顔をして、
頬を赤くした。
「 ・・・ありがとうございます 」
あまりに小さかったので、聞き逃すかと思った。
どうしてお礼を言われたのかわからなかったけれど・・・。
私と彼の間にあった氷の壁が、一角だけ溶けた。
07
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