あれから、あっという間に数ヶ月が過ぎた。
季節が変わろうとしている。戦は・・・まだ、終わらない。
こんにちは、、と尚香さまがにこやかに部屋に入ってくる。
拱手し、こんにちは、と答えると、玉葉がお茶の準備に取り掛かる。
その玉葉を呼び止め、彼女は小さな包みを渡す。
ここ最近よく通ってくださる尚香さまは、その都度お菓子やお茶の葉やらを持参してくださるのだ。
「 どうぞお気遣いなくお越し頂きたいと、何度も申し上げてますのに・・・ 」
「 玄徳さまもいないし、こうやってお茶に付き合ってもらえるのは貴女しかしないから 」
それに、あれは私が一緒に食べたいから持ってきているだけよ、と片目を瞑る。
きっとこの愛らしさに、劉備さまが絆されるんだろうなあ・・・ほんと、憧れちゃう。
羨ましそうな私の視線には気づかずに、尚香さまは玉葉の淹れたお茶を一口含む。
「 そういえば、その玄徳さまから昨日連絡があったわ。戦はもう少しで収束するみたい 」
「 本当ですか!? 」
「 連絡が届くのにはどうしても時間が要るから。もしかしたら還って来てる頃かもしれないわね 」
思わず椅子から立ち上がった私に、まあまあ、と彼女が宥めるように苦笑する。
すみません、と頭を下げてから腰を落ち着けるが・・・一度高鳴った心臓は収まりそうにない。
胸を押さえたまま深呼吸を繰り返していると、尚香さまは溜め息混じりに頬杖をついた。
「 ただ・・・その連絡には、不吉なことも書いてあったわ。南で挙兵の動きがあるらしいの。
魏とは全く別の勢力のようだけど、成都の守備を強固なものにするようにとの指示があったわ 」
蜀の軍勢の一部を割いて、この成都を守らせているということは知っている。
出陣した劉備さまの代わりに、今は彼女が城を治めていらっしゃるので、城主として注意するよう
促したのだろう。いくら呉と共闘しているとはいえ、目の前の魏以外の勢力に
攻められれば蜀の軍勢は戻って来ざるを得ない。そうなれば、呉の勢力だけで強大な魏に敵うのか。
敵わないと判断したからの同盟だというのに・・・。
戦というものについて、もっと練師さまに教わっておくべきだった( あ、戦事については伯言かな )
恥ずかしながら全く無知だということに気づいて、俯いた私に尚香さまの明るい声がかかった。
「 大丈夫よ、。私だって蜀の一員だもの、愛する国と其処に住む民を護ってみせるわ 」
「 尚香さま・・・ 」
「 それにね、此処は玄徳さまが戻ってくる場所だもの。絶対に、命を賭してでも護らなきゃ。
戦から帰って来たら国が奪われてました、なんてことになったら、それこそ合わせる顔がないわ。
いざとなったら圏を握って出陣するわ!『 弓腰姫 』の名は未だ健在なのよッ! 」
「 ええええッ!?しょ、尚香さま自らですか!? 」
「 あら、呉にいた時はお兄様たちと戦場に出ていたのよ。も一緒に出陣しましょう! 」
ねっ!と興奮したように拳を握る。ど、同意を求められても、武器すら触ったことないのに・・・。
たじたじになる私と、瞳を輝かせる尚香さまを見比べ、部屋の片隅で玉葉が苦笑していた。
一刻もすると、城主としての勤めがあるからと馬に跨って帰っていった。
その姿が見えなくなるまで拱手して、部屋に戻った私の心は重く、自然と鬱々としてしまう。
長かった戦が、ようやく終わる。
子龍さまと伯言、2人の無事を祈らなかった日はない。
悪い知らせは届いていないから、無事でいてくれていると信じてはいるけれど・・・。
伯言は、この戦で『 軍師 』として活躍しているのだろうか・・・。
彼がいつか零していたことを思い出す。軍師になってから日が浅く、作戦が受け入れてもらえないのだと。
だから私を蜀に送るのだ、と。では今、こうして私が嫁いだ結果、伯言の立場はどうなっているのだろう。
本当は再開した時に確認すべきだったのに・・・全然、自制できてないなあ・・・。
でも同盟確認に遣わされたのなら、無下にはされていないのだろう。なら嫁いだ意味は充分ある。
『 この陸伯言、生涯・・・貴女だけを想っています。それを、忘れないで 』
名門陸家の長。私は彼を高嶺の花のような存在だと思ってた。その彼が、平民だと知っていて私を『 唯一 』に選んでくれた。
あの言葉がどんなに嬉しかったか、伯言・・・貴方には想像できるかしら。
彼の幸せを考えている、と言っておきながら、今も私は彼と『 幸せ 』になることを諦め切れない。
伯言のことが、呉にいた時も、嫁いでなお好きで・・・想うと、変わらず焦がれてしまう。
自分の気持ちを優先して伯言のお嫁さんになれたらと幾度も願い、その度に首を振っては後悔してた。
・・・でもね、辛いことばかりじゃなかった。私はこの蜀で、子龍さまの『 優しさ 』に触れたから。
戦の先でも逢えるかどうか、と。
あの日尚香さまが仰った意味が、今ようやくわかるような気がする。
『 私が戦死した時は、彼を頼るように。呉へ帰るんだ 』
どうして子龍さまが、自分が死んだ時のことなんて言い残して行ったのか、よく考えてみた。
戦を知らない私には、それがいかに重要だったかわからなかったけれど、きっと当然なことなのかもしれない。
子龍さまはこの蜀の武人。それも五虎将軍という名誉ある地位にいらっしゃるお方。
戦に送り出すことに慣れる、ということはそれだけ頻繁に家を空けることがあるということだろうし、
将軍として前線に立たれることも多いのだろう( 全身肝だと言ってたのは、やっぱり馬超さまだっけ・・・ )
彼は『 最悪の事態 』になっても私が困らないように、あんなことを言って戦に望んだのだと思う。
子龍さまは、優しい。だから・・・甘えちゃ駄目だ。
この想いに決着をつけられるのは、誰でもない。私自身にしかできないことなのだから。
戦が終われば、子龍さまは戻っていらっしゃるだろう。
その時までに・・・私の心の中の『 戦 』にも決着をつける、絶対に。
尚香さまの仰るとおりなら、魏との戦に決着がつくにはそう時間がかからないかもしれない。
一瞬たりとも無駄には出来ない。どちらの悲しむ顔も見たくない、なんて甘い考えも捨てよう。
優柔不断で答えが出せなかった私の態度が、子龍さまの、伯言の、自分の首をも絞めている。
暗い気持ちを吐いて、萎えたものを奮い立たせるように肺の中いっぱいに空気を吸い込んだ。
そして・・・『 決断 』の時は、予期せぬ事態となって訪れる。
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