瞼を閉じていてもわかる、赤く煌々と輝く炎。


その炎に恋をした。触れば、業火に身を焦がすとわかっていても。






「 貴女には、今日死んでもらいます 」
「 その代わり、貴女は生まれ変わるのです。陸家家長たる、私の従兄妹として 」
「 ・・・なら、お望み通り、此処で死んでおきますか 」


いくつも辛辣な言葉を浴びせられて、煮えたぎるような思いをした。
首を絞められた時は、彼のために涙を流すことすら勿体無いと思った。そのくらい悔しかった。
だけど、その言葉の意図を知って・・・戸惑う。憎んでも憎みきれないほどの思いをしたのは確かなのに。 彼を信用する練師さまに諭され、孫権さまに頭を下げられて、自分の『 死 』も無駄になることはない。 むしろ死んだ両親が愛したこの国を、呉を、守る使命を与えられたことを知った。


「 素直に謝れるのは、貴女のいいところ、ですね 」
「 練師様に、怒られるまで・・・私は、気がつきませんでした 」
「 ・・・貴女の心が、不安でいっぱいになっていることに 」
「 今後・・・私のことは、伯言と呼んで下さい 」
「 すみません、すみません・・・・・・ 」


一皮剥けば、伯言は本当に『 年の近い男の子 』で。
軍師で、陸家の長で・・・17歳の、只の少年。
複雑な仮面で隠していたのに、私はその素顔を好ましいと思ってしまった。彼を赦してしまった。






いつの間にか・・・愛して、しまっていた・・・。






「 は、いつだって可愛いですよ 」


そう言われて、嬉しかった。


「 婚儀が整うその日まで・・・私は、全力で貴女の為に尽くします 」


そう言われて、信用することにした。


「 ・・・すっかり『 従妹 』から『 妻 』らしくなりましたね、は 」


そう言われて、胸が高鳴った。






「 私は・・・私は、貴女を、愛しています・・・!! 」






そう言われて・・・初めて、自分の抱いた想いに気づいた。
愛してる。私だって、伯言のこと愛してる。伯言が教えてくれたんだ、人に恋するってこと。






・・・だから、嫁ぐよ。趙雲さまを惑わす魅力はなくても、伯言の力になりたいんだ。
いつか軍師として認められた伯言が『 よくやってくれましたね、 』と褒めてくれるなら。
あの夜、私の命を拾ってよかったって思ってくれたら、それだけで嬉しくなるから。
伯言の幸せは私の幸せ。愛してる、なんて言葉じゃ表せないくらい、貴方を想ってるんだよ。


「 私には・・・貴女以外、誰も愛せない。趙将軍ではなく、私を選んで下さい、!! 」


なのに、どうして泣くの。私を想って、泣かないで欲しい。笑って欲しくて蜀へ嫁いだのに。
私を抱き締めようとするその腕を、どうして拒むことが出来よう。
伯言が教えてくれた『 恋心 』は、もう彼以外誰も愛せないほど心の奥底まで根を張っていた。
使命を投げ出してでも伝えようとしてくれた愛に何度も応えようとして、その度に唇をかみ締めた。
応えられなくても想いは不滅だよ。ずっとこの胸に抱えて生きていくから。
だから伯言・・・伯言も、もう私を愛さないで( でも・・・でも、本当に嬉しかった。この痛みは、伯言が私を愛してるが故、なんだ )






「 この陸伯言、生涯・・・貴女だけを想っています。それを、忘れないで 」






・・・忘れられたら・・・どんなに、楽だっただろう。
時間は巻き戻らない。呉での幸福な日々は、永遠に私の記憶の中で再生されるだけ。
彼の困った顔も、泣いた顔も、悔しそうに唇をかみ締める姿も、時々見せる意地悪そうな表情も。
私を抱き締める温もりも・・・、と名前を呼んだ後の・・・柔らかい微笑み、も。


いつか時間が経てば薄れる想いであって欲しかった・・・でも、無理だった・・・。


陸家の長にふさわしくない妻だと蔑まれてもいい。我侭だって言われても良い。
『 練習 』でも『 仮初の妻 』でもなくて、本当のお嫁さんになりたい。
ずっとずっと・・・隣で、手を繋げる距離で、今度こそ力になりたい。
貴方の幸せに繋がらないと想っていても、この想いを押さえることが出来ない。




伯言が好き。もう離れたくないよ。そう言ったら・・・私のこと、嫌いになる・・・?


ひとつだけ願いが叶うなら、どうか連れ去って欲しい。永遠に貴方の腕の中に、ずっと居たい。






















「 嫌いになるわけないでしょう。なくして、私の幸せは在り得ないのですから 」






















・・・・・・え・・・?


妙に近くで聞こえた『 現実 』に、震える睫を持ち上げる。
仰向けの姿勢は変わらない。でも、天井は崩れていなかった。両脇に誰かの力の気配を感じるから、 天井が崩れる前に引っ張り出されたのだろう。足元から焦げた匂いがした。
しゃら、と頭上から音がして私は顔を上げる。炎の赤い光を受けて真上で輝く琥珀の首飾り。
その向こうにある顔を認めて・・・涙が零れた。


「 ・・・は、く、げん・・・ 」


枯れた声がようやく紡ぎだした名前に、はい、と彼は返事をして微笑んだ。 自分のものじゃない、と思っていた指先が、最後の力を振り絞って確認するようにその頬に触れる。 酷いですね、は何度私のことを夢だと疑うのですか?と伯言が苦笑して、その指先に唇を押し当てた。


「 貴女を攫いに来ました。やっぱり私がずっと傍に居て欲しいと思う人はしかいないのです 」
「 ・・・伯言・・・ 」
「 一緒に呉に帰りましょう。どうか私を選んでください・・・を、愛しています 」
「 私、も・・・私も、好き!好きだよ、伯言ッ!! 」


ありがとう、と嬉しそうに微笑んだ伯言の胸に飛び込む。
嘘みたいに力が漲って、受け止めた彼が少しだけよろめいた。それでもしっかり抱き込まれる。
摺り寄せるお互いの頬の間を流れるは、私の涙かそれとも伯言のものか。


力強いその腕に抱かれて、ただ素直に自分の想いを告げられる幸福に胸が震えた。






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