聞いたところによると、子龍さまは奇襲の話を聞きつけ、単騎で戻ってきたらしい。
蜀軍も成都のすぐ傍まで戻ってきているそうで、全軍が凱旋するまでそう時間はかからなかった。
都を護っていた尚香さまは、劉備さまの帰還を知ると城を飛び出してそうだ。
凱旋の途中で熱い抱擁が交わされ、見守っていた民の方が顔を背けてしまうほど。
諸葛亮さまが促さなければ今でも抱き合っていたんじゃないか、と呆れた口調で
教えてくれたのは馬超さまだった。
一緒に部屋を訪れてくれたのは、姜維さまという年若い( といっても・・・多分私より年上だと
思うのだけれど )軍師さまだった。成都の地図を広げ、より強固な護りにするためにどこから敵が
侵入したのか教えて欲しい、と請われたのだ。わかる範囲でなら、と答えると、充分ですと彼は微笑む。
「 あれだけの騒ぎの中でよくここまで把握されましたね。賢い奥方殿で趙将軍が羨ましいです 」
「 だろう、姜維!だがな、は本当なら俺の嫁になるはずだった女で・・・ 」
「 馬超・・・お前、いい加減にしないとその首が飛ぶぞ 」
「 ・・・馬将軍の負けですね 」
子龍さまのひと睨みで、ぴしりと身体を固まらせた馬超さま。その隣で溜め息をついた姜維さまが
地図を丸めた。お茶を差し出すと、いただきます、がと口に含む。
「 それで、殿はいつまでこちらに滞在されるのですか? 」
「 明後日までです。新しい屋敷が建ち、ちょうど今家人たちが入居の準備を手配していますので 」
昨日連絡が入り、今朝から玉葉は出払っている。屋敷に私たちが住めるようになるまで、
家具の手配や掃除などでどうしても数日はかかるという。趙雲さまとさまはその後
ご入居下さい、という彼女の言葉に甘え、執務中も子龍さまの傍に身を置いている。
それを聞いた姜維さまは優しく微笑んだ。
「 それはよかったですね。執務室では人の出入りが多く、気が休まらないでしょうから 」
「 お気遣いいただきましてありがとうございます、姜維さま 」
「 フン、俺の屋敷に来ても構わなかったのだぞ。岱もいたし、頼ってくれてもよかったんだ 」
鼻を鳴らした馬超さまに、3人で顔を合わせて・・・見計らったかのように一斉に吹き出した。
な、何だよッ!?と置いてけぼりにされた馬超さまだけが照れ隠しに怒っていたが、なかなか笑いは収まらない。
・・・そっか、馬超さまは子龍さまの無二の友。頼ってもらえなかったのが悔しかったんだ・・・。
このまま後宮に住んでもいいのよ、と本気なのか冗談なのかわからないほど真剣な尚香さまの
言葉を振り切り、子龍さまと私は新しい屋敷へと住まいを移した。
子龍さまも私も負っていた傷は既に癒え、満を持してその場所へと向かう。
燃えた屋敷とさほど変わらない場所に、真新しい木の匂いをさせた我が家。輿を降り、見上げてばかり
いた私の背を子龍さまが押す。玉葉が先導し、自分の室と子龍さまの室へと案内してくれた。
「 わあっ!! 」
「 これは・・・玉葉、すごいな 」
子龍さまの室に併設された庭。以前のように満開、とはいかないけれど、季節の花樹が植えられた
庭は見る者を圧倒させた。主の言葉に玉葉が恐縮したように頭を下げる。扉を開けて、青空の下へと
飛び出した私は庭を跳ね回る。新設された東屋に腰を下ろした子龍さまが、、と私を呼んだ。
東屋は、外側から長い弦を絡めてあり、その間から差し込む日差しが柔らかく私たちを照らす。
子龍さまに肩を抱かれ・・・目を細めて仰いでいた私に、そっと口づけが降った。
「 ・・・ん・・・うううんッ!? 」
唇を重ねるだけじゃない。急に差し込まれた舌の動きにたちまち翻弄されて、私の思考は停止する。
無意識のうちに、私は抵抗するようにもがくけれど、しっかりと身体と顎を固定されているので余計
混乱していく。彼の手が襟の間から侵入すると、大きく身体が震えて・・・混乱は極限に達した。
ぽろり、と零れた涙を、泣かないで、と済まなそうな声音の子龍さまが拭う。
我に返った私は慌てて首を振るが・・・後から伝う涙は止まらなかった。
「 ち、違うんです、子龍さま・・・私、私・・・っ! 」
どうして、どうして、こうなっちゃうの・・・!?
子龍さまを想う気持ちは紛れのないものだって、私、解っているのに。
怖くて震えているんじゃない・・・彼の全てを受けれいたいのに、触れられると身体が『 反応 』するのだ。
「 いいんだよ、。私は怒っていないのだから、そんなに焦らなくていいんだ 」
「 で・・・でも私、もう自分で自分がわからない、んですっ・・・子龍さまが、好き、なのに・・・っく 」
「 無意識に『 反応 』してしまうのだろう?・・・それでいいんだ 」
「 ・・・え、っ・・・あ! 」
「 その『 反応 』も受け入れて。ほら・・・貴女に触れているのは、誰? 」
「 ふ、ぅえ・・・あ、ああ・・・し、りゅ、さま・・・ 」
「 そうだ、。貴女が『 反応 』するのは、私を身体で『 感じて 』いるからだ。
貴女を想う、狂おしいほどの私の愛に触れているからだ・・・それでいい。そしてもっと触れて 」
「 し・・・子龍、さま、あ・・・ああっ、はぁッ!! 」
ぐっと深く舌を差し込まれた上に、胸に触れる手が完全に襟を割った。
胸元がはだけ、剥き出しの肩が上下に動く。さっきまで柔らかく舞っていた光が、
瞼の裏でちかちかと点灯した。意識が混濁している中で、綺麗、星のようだ、と思っているどこか冷静な自分もいた。
「 その時が来たら、貴女を抱く。が泣いて懇願しても止まらないくらい、溢れるほどの愛で。
時間も世界も全てを忘れるくらい・・・以前、私はそう言ったね。今が『 その時 』だ 」
「 うぅ、んッ・・・子龍、さま、子龍さまぁ、あっ、あ・・・ 」
「 、愛してる・・・今こそ、貴女の全てが欲しい 」
胸の奥がぎゅうっと掴まれる感じ。泣きたくないのに、幸せで涙が止まらない。
息の上がった私を横抱きにすると、東屋を後にし、子龍さまの室へ戻る。
玉葉の姿はとうになく、私はそのまま牀榻へと運ばれていった。
「 あ、あの子龍さま・・・こういうことって、よ、夜にするものだと思ってました、けれど・・・ 」
鎧を纏っていたわけではないので、脱ぐのは早い。躊躇いなく衣装を脱ぎ捨てていく彼を見ているのは、
さすがに気恥ずかしくて( かといって、自分も脱ぐというのは・・・やはり難しくて )
午後の日差しに照らされた、鍛え抜かれた肉体美を直視してしまい、見惚れてしまう前に寝具に顔を埋める。
そっと顎を持ち上げられ、泣いたまま真っ赤になっている私に彼は優しく語りかけた。
「 明るい中でも暗い中でも、貴女が美しいことは変わらないよ。だから、全部見せて 」
「 子龍さま・・・で、でもやっぱり、はっ、恥ずかしいですっ!! 」
「 恥ずかしがる貴女も可愛いが・・・そう言うなら、恥ずかしいのも忘れるくらい二人で溺れようか 」
全裸になった子龍さまが、私の唇に貪りつく。
何度もびくり、びくりと身体が震えたが、今度こそ彼は手を止めなかった。
指が、唇が、全身を撫でていく。触れていない箇所なんかどこにもない、というように。
情事とは、神聖な儀式のように思ってた。だけど、そうじゃない。畏怖することは何もない。
儀式めいたものだというなら・・・私は彼を愛していて、彼は私を愛しているのだと改めて知る行為なのかもしれない。
相手に身も心も委ねて、ちっぽけな自分をさらけ出す。
そうすることで『 自分 』という人格をいつも以上に認知し『 相手 』を受諾できるのではないかしら・・・。
「 ( でもこんな理論、必要ないのかも。だって『 感じる 』のは思考よりもっと深い場所・・・ ) 」
所在なさげに寝具を掴んでいた手を、子龍さまが握った。
指を絡めて、私を微笑んで見下ろす彼の顔を見て・・・その愛しさに大粒の涙が零れた。
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