集合場所に指定された部屋は、城の奥にある広間だった。
そう広くはない・・・何故なら、本日の集まりは、上層部のほんの一部しか知らない者を迎えるからだ。




部屋に入るなり、陸遜!と大きな声がし、甘寧殿が駆け寄って来た。
肩に、隆々とした彼の腕が撒きつき、がしがしと髪がかき乱される。


「 なっ、何をいきなり・・・! 」
「 ようやく、おめえの『 従妹 』殿に逢えると思うと楽しみでならねえ!・・・で、どうなんだよ!? 」
「 ・・・は? 」
「 『 は 』じゃねえッ!あの趙雲に嫁がせて、メロメロにしちまう作戦だろうが。
  ・・・どんな美人を、捕まえてきたんだよ!? 」
「 どんな、と言われましても・・・ 」
「 作戦を知っていてもこの調子って・・・どれだけ頭が弱いんだい、甘寧 」
「 ああン!?何だと、凌統!! 」


・・・背後の溜め息は、凌統殿だったのか。
入り口でじゃれると邪魔だから、退いてくれない?と部屋の奥へ進む彼を、 何だと!?聞き捨てならねえ!と追う甘寧殿を見送って、自分も席に着く。 ・・・が、落ち着かない。
これから彼女が・・・此処にやってくる。彼女が、孫権さまに謁見し、これが無事に成れば・・・。


「 ( 作戦は・・・『 成功 』だ ) 」


の婚礼を、孫権さまに認可されれば、私の役目は終わる。
功績は認められ、周囲の信頼が得られる。軍師としては、大きな一歩だ。
あの夜、勇気は要ったが、謝ったことで気が済んだはずだった。あとは、嫁ぐのを待つだけだ、とも。
それで終わり。彼女に逢うことも、関わることも。彼女は・・・戦の為の、布石に過ぎない。






「 ( だが・・・何故、でしょう。何故、私の気持ちは、こんなに重いのでしょうか・・・ ) 」






俯いたところで、どうした?と凌統殿の声がした。
が、音を立てて入り口の扉が開き、騒いでいた甘寧殿と凌統殿も姿勢を正す。
自分も慌てて拱手した。床へと向けた視線の端に、悠々と最奥へと進む姿が映った。


「 皆、頭を上げてくれ  」


孫権さまの声に、一同は拱手を解いた。


「 忙しい時に集まってもらい、礼を言う。皆に一度、逢わせたおきたかったのだ。
  この『 作戦 』の、最大の協力者に、だ・・・わかっているな 」


そう言って、全員が頷いたのを見渡して、うむ、と彼自身も頷いた。
・・・心臓が、高鳴ってくるのがわかった。
には、あの夜以来逢っていないが、何度も見つからないように講義を見に行っている。
( 目に触れれば、きっと・・・また『 拒絶 』されてしまうだろう、から・・・ )
練師さまに認められるほど、上達しているのは実際に目にしているからわかる。
信じていない訳ではないが、今回は・・・彼女の一挙一動にみなの注目が集まるのだ。


「 早速だが、入ってもらおう・・・練師、 」


はい、と隣に控えていた練師さまが応える。
今日は、いつも我が屋敷に来ていただく時のような軽装ではない。正装し、 扉にむかって彼女の名を呼ぶ。ゆっくりと開いていく扉に、甘寧殿が身を乗り出すのがわかった。


「 ・・・・・・・・・・・・、 」












そこに現れるのが『 彼女 』だと知っていなければ・・・気づかなかったかもしれない。












金糸の刺繍を施した、華やかな深紅の衣を纏って、堂々と中央を歩いていく。
いつも下ろしている髪は高く結い上げられ、色とりどりの宝石を散りばめた簪が刺さっている。
相対するような黒髪と白い項の艶やかさといったら・・・言葉に、ならない・・・。


自分が見つけた『 原石 』は、こんなにも美しく、磨き上げられたのか・・・。












と、一瞬だけ視線が交わる。が、すぐに逸らされ、彼女は孫権さまの前にひざまづいた。
拱手するに、穏やかな声が降った。


「 ・・・そなたが、か 」
「 はい。お初、お目にかかります、孫権さま 」
「 いや・・・堅苦しい挨拶は抜きにしよう。此処には、心を許した者しかおらぬ 」


儀礼に則った挨拶の口上を述べようとしたのを手で制すと、彼女に立つよう促して、今度は自分が膝をつく。 見ていた背中から、がぎょっとしたのがわかった。練師さまに助けを求めるように視線を投げるが、 彼女は微笑んだだけだった。


「 ・・・どんなに陳謝しても足らぬ。孫呉の為に、犠牲になってくれと言っているのと同じだ 」
「 孫権、さま 」
「 だが、・・・頼む。住まう民の為に、国の未来の為に、蜀へと嫁いでくれ 」


王のその言葉に、臣下一同、に拱手する。
え、え・・・!?と上擦ったような彼女の声が、小さく聞こえた( 思わず、唇が持ち上がった )
けれど、その後すぐに・・・孫権さまは誤解されていらっしゃいます、と言った。


「 練師さまにも申し上げましたが、私は、国の為に犠牲になるなどとは、毛頭思ってはおりません。
  自分の意思で・・・ではありませんが、でも、それだけでございます 」


孫権さまの目を見据えて、堂々と話す彼女を・・・皆が一同に見つめる。
礼儀作法を見ていた時の『 注目 』なんか比べ物にならない。
場が静まり、それまでとは違う空気が満ちたのを感じた・・・。
息を呑むようにして、二人のやり取りを・・・見守る。


「 ただ、この身が貰われることで、呉の為になるのでしたら・・・恐悦至極に存じます 」


が地に伏せるような形で、孫権さまよりも低く、拱手した。
それを見た全員が、あっけにとられている中で・・・ふ、と頬を緩めた孫権さまが私を呼んだ。


「 陸遜 」
「 は・・・はいっ 」
「 良い女性を見つけてくれたな。ここまで言ってくれる者は、なかなかいないだろう 」
「 ・・・・・・は、 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」


孫権さまの言葉に彼女は少し俯いて、決して私の方を見ようとはしなかった。
・・・それは、私も同じこと。何故なら、私は『 何もしていない 』から。
彼女の心を、前向きに動かすような・・・何かを( それどころか、むしろ、私は・・・ )
練師さまはそれを察したのか、孫権さま、と声をかけた。


「 本当は宴でも用意したかったが、騒ぐと何事かと探る者がいる。許してくれ 」
「 とんでもございません。そんな、恐れ多いこと・・・ 」
「 礼は改めて用意しよう・・・では、本日は是にて、解散 」


全員が拱手し、孫権さまの退出後、彼女は練師さまと退出していった。
後を追おうとすると、とんでもなくいい女じゃねえか!と豪快に笑った甘寧殿の腕にまた捕まり、 いい加減にしなよ・・・ま、甘寧の意見には賛成だけど、と呟いた凌統殿の溜め息を再度聞くこととなる。


「 ( は、練師さまと屋敷に戻ったのだろうか・・・ ) 」


けれど追って・・・私は、何を言おうというのか。声をかけても怖がられるだけ、だろうに。




彼女の残り香の漂う扉を、静かに見つめるしか、なかった。







09

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