ぱちん、と小気味良い音が響いて、一同から歓喜と無念の声が上がった。
通りすがりの俺は、足を止めて大広間を覗く。そこには、短刀たちと燭台切が何かを囲んでいた。
・・・ああ、あれは先日主が持ち込んできた” おせろ ”とかいう遊戯板だ。
「 さすがだね、薬研は。恐れ入ったよ、完敗だ 」
「 いや、それは俺の台詞だ。燭台切の旦那の覚えが早くて驚いている。幾度負けると思ったことか 」
薬研は本当に危機感を覚えていたのだろう。溜息と共に、その細い肩から緊張が抜けていく。
政府に要請して届いた” おせろ ”は、任務の合間の暇つぶしに丁度良かった。
将棋や囲碁とはまた違う規定や戦略は、物事を多角的に捉える思考力を鍛えてくれた。
周囲に居た者も、薬研と燭台切の戦いぶりに随分と感化されたようで、鼻息を荒くしていた。
「 何だか気合いが入ってきちゃった!主さん、早く招集してくれないかな! 」
「 そ、そうだね!僕、ほ、誉をいっぱい獲得して、主さまにお願いしたいことがあるんだっ 」
「 お願い? 」
ね!と仲良く顔を合わせた乱と五虎退に、燭台切が尋ねる。
端で聞いていた俺の肩が跳ね上がった。
初めて聞く話だ。戸惑う間にも、広間での会話は進んでいく。
「 主さんと約束したんだ。出陣した全部の戦闘地域で誉を獲れたら、ご褒美くれるって!
すごく大変なことだけど、絶対無理って訳じゃないから、みんなで争奪戦なんだ! 」
僕はこの間、万屋で髪飾りを買ってもらったんだ!と上機嫌で髪に巻いていた布を解く。
過去に五虎退は飴玉を、薬研は気になっていた医療用の本を買ってもらったのだと言う。
こっそり襖の裏で聞いていた俺は・・・腕を組んでその場に立ち尽くしていた。
・・・成程、そういうことか。
一時期、急に士気が上がった時期があった。その制度が導入された時だと解れば合点がいく。
「 ( 主が直接、短刀や脇差たちと話し合って『 ご褒美制度 』を設けたのかもしれない ) 」
自分一人が除け者にされたのは寂しかったが、まあ、それも止むを得ないことだ・・・。
その理由は、あの夜を経た・・・俺自身が一番知っている。
それに、写しの俺が弾かれたとて誰が気に病むだろう。
「 へえ、主は太っ腹だね!ますます気に入ったよ 」
そう笑んで、燭台切は早速何か考えるように顎に手を当てた。
爛々と輝いていく瞳。まずい、あの瞳の奥で何を考え、主に何を言い出す気だ。
この手の話は、あいつの前で一番避けたかった話題だと今更ながら気づく。
「 燭台切のおねだりって、何でしょうね 」
「 ああ、一体何を・・・ 」
「 彼のことですから、料理しがいのある食材とかかもしれませんよ。あとは料理道具とか 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・・・・堀川 」
「 はい、何ですか、兄弟 」
口に出ていたとは・・・抜かった・・・。
脱力して振り返ると、堀川国広がにこにこと満面の笑顔でそこに立っていた。
げんなりした顔の俺を見て愉しんでいる様子で、大袈裟に両手を振って、やだなあと言った。
「 僕らは用事があって広間に来たんですよ!
そうしたら、兄弟がこそこそ覗き見してるからどうしたのかなって思って 」
いや、絶対入るのを躊躇っている俺を見つけて、声をかける隙を絶好の機会を伺っていたはずだ。
( さすがは闇討ち、暗殺、お手のもの!の堀川国広というべきか )
・・・待て、そこじゃない。
俺は堀川の後ろへと視線を移す。彼の言葉通り『 僕ら 』、だとすれば・・・。
さっと血の気が引いていく。案の定、そこにいた彼女は、俺と目が合うと少しだけ肩を震わせた。
そして・・・申し訳なさそうに眉毛を八の字にして、ごめん、と唇を動かした。
「 ・・・・・・!! 」
音にしなかったのは、堀川に見せたくなかったのだろう・・・今の、表情を。
けれど、彼女はすぐにいつもの表情に戻ると大広間へと足を踏み入れた。
主!と広間にいた連中が歓迎の声を上げる。
「 歴史遡行軍に動きがあったので、一刻後に出陣してください。
隊長は薬研、乱、五虎退、鯰尾、堀川、それから燭台切。以上、六名は準備に取り掛かること 」
「 是! 」
戦、と聞いて身の引き締まらない刀剣男子など、この本丸にはいない。
隣の堀川でさえ、緩んでいだ口元をぎゅっと閉じて、双眸に青い炎を燃やす。
鬨の声よろしく、応ッ!と吠えた彼らを見つめて、そのままは裾を翻した。
俺は慌ててその背中を追う。
「 主! 」
広間の喧騒から素早く遠ざかっていく。気づかぬうちに小走りになっていた。
廊下は十分な光に満ちていて、とても明るかったのに。
彼女の姿は、輪郭さえ捉えどころがないほどぶれていた。
・・・見ていられない、もう、これ以上、俺は・・・っ!!
「 ・・・ッ!!! 」
びくんっ!と全身を痙攣させて、歩みを止めた。俺の足もそこで止まる。
お互い一歩も動かず、ただ黙って佇む。・・・どのくらいそうしていただろう、と思う頃。
彼女がゆっくり、ゆっくりと、自分の小さな肩を抱いて背を丸める。
蹲ろうとするのを必死に堪えているのか。屈もうとした両脚が途中で止まった。
「 ・・・俺の、せいなのか? 」
お前に、そんな顔をさせているのは。お前が、そんなに苦しんでいるのは。
お前を受け止めてやれなかった俺のせいなのか。だったら・・・俺は刀剣男子失格だ。
自分の主を苦しめるなど、写しであろうと、そうでなかろうと、傍に居ていい筈が、ない。
「 ・・・・・・まんばくんのせい、じゃないよ 」
か細い声で彼女が呟く。
肩を抱いて俯いたまま、震える口元だけが懸命に弧を描いていた。
「 いつも、口出しを拒んでごめん。無理に黙らせてごめん。全部、私の気持ちの問題なの 」
「 あんたは無理に作った笑顔で謝ってばかりだ。
写しの俺に気を遣ってるなら、そんなのは不要だ。初期刀の俺くらいには何でもぶちまけろ!
あんたはよくやってる。だから・・・もっと胸を張っていいんだ!! 」
堪えきれずに叫ぶと、が唇を噛み締めて弧が歪む。
同時に、それは本当に小さな小さな音だったが、たた、と何かが床を叩いた。
それが涙だと気付いた時には、彼女の姿は消えていた。振り返ることなく走っていった。
その・・・迷いの無さに、またもや胸がきしりと痛む。
俺は彼女が立っていた場所に立ち、膝を折ってそっと指先を這わす。
指の上の滴が、陽の光を浴びて煌めいた。・・・これで何度目だろう。主を泣かせるのは。
「 ( 俺の前でよく泣くくせに、拭わせては、くれないんだな・・・ ) 」
主の心に降る雨。傘を差し出したら、彼女は、今度こそ本当の笑顔を見せてくれるだろうか。
それよりも、他の男に差し伸べられるのが先か、俺自身が刀解を望むのが先か。
深夜に戻った燭台切が最良の誉を獲得し、主の部屋に呼ばれていたと知ったのは翌朝だった。
この旅路は桜色
(07)
back
next
Title:"春告げチーリン"
|