ぎゅううっと抱き込むと、思っていた以上に、細い。
この、少しでも力を籠めれば折れてしまいそうな身体で、彼女はどれだけの重荷を背負って頑張ってきたのだろう。
ーーーそう思うと苦しかった。もっと俺が、近侍として、初期刀として力になれていれば。
審神者の身を粉にする褒美制度に頼らずとも、刀剣男子たちを奮起できたかもしれないのに!
「 ンぅッ! 」
「 ・・・っ、悪いっ!! 」
折れそうだからと気を付けていたにも関わらず、締め上げていたらしい。
苦し気なの声に我に返った。ぱっと両腕を解いて解放すると、彼女は胸を撫で下ろす。
「 すまない!その、大丈夫か・・・? 」
「 う、うん、平気・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
気まずい沈黙。咄嗟に引きとめたのは自分とはいえ、どうしたら・・・。
互いに顔を逸らしたまま、それでも先程のようにその場を後にすることなく佇む。
先に動いたのは彼女だった。薄い寝間着を合わせて俯いてばかりいたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「 あの・・・少し、時間あるかな。話したいことがあるの 」
顔は赤いままだったが、決意を秘めた声音。
頷くと、隣の執務室で話しましょう、と彼女に先を促された。
咄嗟に布団の上に置いてあった半纏に手を伸ばし、そっと肩にかけてやると、ありがとう、と言われた。
「 あんたの言葉に便乗して悪いが、俺も話がある 」
言わなければ伝わらない、伝わらなければ何も変わらない。変わるためには・・・と話をしなければならない。
彼女は眉をへにゃりと八の字に曲げて苦笑する。
「 実は何となくわかってたよ。このままじゃいけないってお互い思ってたんだね。
だから、向き合って話さなきゃいけないってわかってたのに、私の方が避けていた。
・・・この前、まんばくんが何でも受け止めてくれるって言ってくれたから、その言葉に甘えて正直に話したい。
ちょっと、審神者としては情けないこと言うかもしれないけど・・・いいかな? 」
軽口のように言うが、本当は怖いのだろう。全身が緊張しているのが見て取れた。
誰だって本音を零すのには勇気が要る・・・けれど、約束した。
「 今日は俺も本音で話す、だから、大丈夫だ 」
そう言って力強く頷いて見せる。
するとは少し微笑んで、執務室の畳に正座したと思えば、そのまま三つ指をついて頭を垂れた。
「 ・・・、 」
「 何度も、と思うかもしれないけど、あの夜は本当にごめんなさい!
自己満足だけど、ちゃんと許してもらわないと私、何も始まらないし進まない、だから・・・ 」
「 わかった、わかったから・・・とっくに、ゆ、許してる。俺も・・・乱暴にして悪かった 」
『 許す 』の言葉を聞いてか。心底安堵したように、目尻には涙が浮かべて微笑んだ。
そこまで・・・俺が気恥ずかしいという思いだけで避けていた行動が、そこまでが彼女を追いつめていたとは・・・。
俺は写しなのだから気を遣わなくてもいいのに。という思いと同時に、重視されている事実に胸が熱い。
鼻をすんと啜って、彼女は姿勢を戻すと、ゆっくり語り始めた。
「 研修でお世話になった本丸ではね、誉の褒美として、先輩審神者さんが夜な夜な身体を委ねていたんだ。
あれが正解なのか、正直ずっと疑問だった。でも・・・刀剣男子とはいえ人間と何も変わらないでしょう?
誰かを特別に思ったり、自分以外の人間を好きになったりもする。
人間には三大欲求というものがあって、審神者は人型になった刀剣男子のフォローするのが役目だもの。
だから、その・・・欲求を、み、満たしてあげることも、実は大事なことなんじゃないかって・・・ 」
そこまで言って、照れを隠すように口を窄めた。
・・・は、恥ずかしいのは俺も同じだったが、ここで2人で照れて口を噤んでも話にならない。
主には主なりの考えがあって、ああいった行為に及んだことだけは・・・わかった。
軽く咳払いしてから、これだけは言わねば、と思ったことを口にする。
「 欲求云々は置いといて、だな・・・あんたの言う通り、俺たちは人間と変わらない。
心があり、他人を大切に思う気持ちがある。俺の場合は、主、あんただ 」
俺の言葉に、伏せていた彼女の睫が持ち上がり、そのまま丸くなる。
信じられないと言わんばかりの表情で、震える両手を口元に当てて、必死に泣くのを堪えている様子だ。
「 何て顔をしているんだ、主 」
「 ・・・だ、って・・・!! 」
と言った次の瞬間、ぶわりと涙が浮かんだ。あ、零れる、と思った瞬間には頬を伝っていた。
それが悲しくて流している涙じゃないくらい、写しの俺にも解る。
俺は膝を折ったまま少しだけ距離を詰めて、手を伸ばす。親指の腹を頬に添えてそっと掬った。
透明な滴に濡れた指先を見て、頬を緩ませてふっと笑む。
「 ・・・やっと叶った 」
極めて小さな呟きは、彼女に届くことはなかった。
ただ不思議そうに顔を上げたので、今度は凛とした声で告げた。
「 刀剣男子と審神者という繋がりだけじゃなくて、俺は、という人間を大切に思ってる。
・・・あの夜のことで、羞恥の余り、お互い何も言えなくなってしまったこと。
それから、俺の怪我をきっかけに鍛刀をするようになったことを、ずっと申し訳ないと思っていた。
俺のせいで、あんたがどんどん遠くに行ってしまっていたような気がしていた 」
「 そんな、まんばくんのせいじゃないよ! 」
「 俺は写しだから、主の心ひとつ穏やかにしてやれない・・・でも、これだけは言える 」
ふるふると首を振るの肩に手を置き、真っ直ぐに見つめ合う。
「 あんたは、あんただ。誰の真似でもない、自分がこうありたいと目指す道を歩め。
それが間違っている時は俺が諌める。だから・・・恐れるな 」
正しいかどうか判断に迷っていたからこそ、あの夜だって、襖の前で入るのをずっと躊躇っていたんだろう?
いつだってお前が正しい道を選べる人間だと解っている。だからこそ、いっそ思うがままに進むといい。
−−−俺たち刀剣男子が、付喪神がついているのだから。
の瞳からまた涙が溢れたが、彼女はそれをぐっと袖で拭って・・・笑った。
晴天の空を思わせる爽やかな笑みだった。出逢った頃に見せてくれていたような。
彼女は、肩に置いていた俺の両手を自分の両手で包んだ。
「 ありがとう・・・ありがとう、まんばくん 」
ぎゅっと手を握る。
「 まんばくんも忘れないでね。貴方が写しであろうとなかろうと、私が” 選んで ”顕現したこと。
この本丸で名を呼んで顕現したのは『 山姥切国広 』・・・貴方が唯一なんだよ 」
そして、そっと俺の胸の中へ自ら飛び込み、腕を伸ばして抱き締めてくれた。
・・・こんな時だが、内番装束でよかったと思った。鎧の固さが彼女を傷つけることがないからな。
優しく、けれどしっかりと抱きしめてくれる両腕が、俺という刀をどれだけ大切に思ってくれているか教えてくれた。
応えるように、俺も彼女を抱き返す。ふわりと香る匂いが心地よくて、そのまま目を閉じた。
「 ( そうだ、陽だまりの・・・ ) 」
二人きりの箱庭。陽だまりの、本丸ーーー消えてなんかいなかった。いつだって、本当は彼女の傍に在った。
それが嬉しくてますます抱き込むと、が焦ったようにもぞりと動いた。
・・・また力加減を誤っただろうか。再度離すと、真っ赤な顔をした彼女が何か呟いた。
「 ・・・ううう、自分からとはいえ、イケメンとの抱擁は心臓に悪い・・・ 」
「 え?何か言ったか 」
「 いや、こちらのこ・・・ 」
何のことかわからず聞き返した俺を見上げて、赤い顔のままぽかんとした。
「 ・・・何だ 」
怪訝な顔をすると、対照的に瞳を輝かせた彼女が頬を紅潮させたまま言った。
「 その・・・まんばくん、笑っても綺麗だなって思って 」
「 笑ってない、それに、綺麗とか言うな 」
「 だって本当のことだもん。めっちゃ笑顔だったよ! 」
嘘つけ、嘘じゃないもん、なんて水掛論をして、最後に二人で笑った。
・・・こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。彼女とじゃれて笑える日がやってくるなんて・・・夢みたいだ・・・。
声は階下まで響いていて、何だどうしたと他の刀剣男子が覗きに来るまで笑い合った。
主、改めてあんたに誓う。
俺はあんたを護る。いや、どうか・・・折れて、命尽きるその日まで、俺に護らせてくれ。
俺を必要としてくれる、その尊い魂までも、な。
この旅路は桜色
(09)
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Title:"春告げチーリン"
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