陸遜の前から強引に連れ出された私は、そのまま馬の背に乗せられた。
肩を落とした私を、凌統さまは元気づけようとしてくれたのか。
屋敷で待っていた凌家の『 おもてなし 』に・・・開いた口が塞がらなかった。
「 ( ・・・い、ろんな、意味で・・・! ) 」
ぷるぷると震えた手で持つ盃に、すっと差し出される勺。びっくりして隣を見やる。
眉尻を下げた女性が、さ、どうぞ、と傾けようとするので、慌てて手を振って断る。
「 いっ、いいえ!おおおおお気持ちだけでじゅ、十分です!! 」
「 そう申されましても、水のみでは・・・主人より手厚くもてなすようにと伺っておりますのに 」
「 お、お酒は困りますっ。じゃあ・・・またお水で 」
渋々といった感じではあったが、彼女は水の入った勺に持ち替えて笑顔で傾けてくれた。
上座にいる『 主人 』へと目を向けると、複数の女性に囲まれた彼がぱちんとウィンクする。
どう?楽しんでる??という意味だろうなぁ・・・どちらかといえば楽しくないから、答えはNOだ。
だけど・・・それは私が『 女 』だからなのかなあ・・・他の人たちは楽しんでるみたいだもん。
注いでもらった盃の水を口に含んで、私は賑やかな周囲を見渡した。
今夜の宴は歓迎会という名目なので、凌統さまの執務室で挨拶した文官のひとたちが参加してくれた。
始まるや否や、みんな気さくに挨拶してくれたのが凄く嬉しかった。
陽気な人が多いみたいで、つられて私も自然と笑顔になる。
・・・そういや、陸遜付きの文官さんたちは真面目な人が多かったな。
執務中はお喋りもなく、みんな竹簡しか見つめていなかった。お腹の鳴る音をこらえるのが必死なくらい。
どちらにも良さがあるし、どちらも働きやすいと思う。
「 ( 執務室によって差があるのは、上司によるんだろうなあ。凌統さまの周囲って女性だらけだし ) 」
宴の間だけに限らず、彼の傍らには常に女性の姿がある。
複数の女の人をはべらせていても、それが似合っちゃうから凄いなあと思うけれど・・・。
そうやって考えると、陸遜の執務室には女官が一人もいなかったのは何故だろう。女嫌いなのだろうか。
「 ( 陸遜・・・あれからどうしたかな・・・ ) 」
ちくりと胸の奥で訴える痛み。考えないようにしても、頭から離れることはない。
・・・勝手に信用してた私が悪いんだ。陸遜にとっては出逢った時から不審者なのだ。
彼の理解できないことを言い、理解できない行動で周囲をかき回す。
そう言って何度も怒られたような気がするけれど・・・今日ばかりは思い出すと辛く感じる。
ぎゅっと握った服の裾に、私の胸は更にざわつく。
・・・文官の格好だってそうだ。陸遜は『 女だとばれないようにお願いします 』と言って渡した。
それは『 私 』を否定するようにも思えてきて・・・だんだん悲しくなってきた・・・。
「 呑んでるかい、?酒が足りないようなら遠慮なく言ってくれよ 」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、ほんのりと頬を染めた凌統さまが向かいに腰を下ろす。
相当酔っぱらっているのか・・・強烈な匂いに思わず涙も引っ込んだ。
顔を背けたいのを我慢して、私はこくりと頷く。
「 宴っていつもこんな感じなんですか?あの、手厚くお世話されるのには慣れてなくて・・・ 」
「 陸遜の侍女たちとは違うって思っているんだろう?堅物の主に似た侍女が多い。
俺の屋敷の侍女たちは、自慢じゃないけど『 最上のもてなし 』をするよう教育しているからね 」
自慢じゃないけど、ほんと自慢じゃないけどね・・・と繰り返し呟いて酒を煽る( ・・・自慢なんだな )
気持ちは嬉しいけれど、さっきから侍女さんたちの過度なスキンシップにはたじろいでしまう。
はあ・・・と曖昧な返事をして目を泳がせたことが、泥酔したとみなされたのか。
凌統さまはにやりと唇を持ち上げると、隣に控えていた侍女の一人に頷いて見せた( ん? )
「 さま、夜も更けてまいりました。室をご用意しましたのでご案内いたしましょう 」
「 あ・・・よろしいでしょうか、凌統さま 」
「 うん、いいよ。今日は疲れただろうから、ゆっくり休むといいよ 」
「 ありがとうございます。では失礼します 」
満面の笑みの凌統さまに見送られ、私は宴会場をあとにした。
その笑みの『 意味 』など、全く気付かないまま・・・。
* * * * * * * * * *
案内された室は、宴の喧騒から離れた静かな離れだった。
やっぱり上品な香が焚かれており、仄かな灯がセンスのいい室内を照らしている。
高級ホテルに来たような気分になった私は、夜にも関わらず黄色い声を上げてしまった。
「 こっ、こんな素敵なお部屋に、私なんかが泊まってもいいんでしょうか・・・? 」
「 勿論ですとも。凌統さまは、さまに是非にとのことです 」
そう言われて、気分を良くした私は室の奥へと向かう。
どこの屋敷も同じだ。御簾の向こうには牀榻があり、私はそのまま布団へとダイブした。
「 ( うっわー・・・気持ち良い・・・ ) 」
この世界の布団って薄いものが主流だと思っていたのに、何故この牀榻だけ感触が違うんだろう。
半月、陸家で寝起きして慣れたつもりだったけど、凌統さまの屋敷は何もかも格別だ。
( 言っておくけれど、陸家が悪いってことじゃないのよ )
文官の衣装のままだということも忘れて、私の瞼は熱を孕んで重くなってくる。
今日一日の疲れも手伝って、そのまま眠りに落ちそうだった・・・・・・・・・の、にっ!!!
身体をまさぐる気配に、反射的に飛び起きた。
「 ・・・なっ・・・何、を・・・!? 」
「 最上のおもてなしを、と凌統さまより仰せつかっております 」
そう言うと、背後から私を見下ろしていた彼女が、一気に何かを引っ張った。
しゅるりと音を立てたそれは・・・巻いていたはずの私の腰帯。さっと顔が蒼褪める。
悲鳴を上げたいのに、ひきつった喉は使い物にならない。呼吸も忘れて私はその場から逃げようとした。
ふかふかの布団は滑りがよく、逃げるどころか布の波間を泳いだだけ。
手足をばたつかせるだけで終わった私は、あっさり彼女に捕まり、想像以上の力で押し倒される。
「 さ、身体を楽にしてくださいませ 」
「 ( ら、ら、楽になんか・・・できるわけないでしょーッッ!!! ) 」
不快に思ったことなんてなかった彼女の香の匂いが、やたらと鼻についた。
相手は女性だ。乱暴なことをしちゃいけない、と私は気を付けているのに、相手は遠慮がなかった。
だから・・・柔らかな、女性特有の身体の感触が自分に触れてきた時、とうとう私も爆発してしまった。
「 ・・・・・・・・・っっ!!! 」
覆いかぶさっていた彼女を力任せに押しのける。確かな手ごたえと、どん、と彼女が尻餅をつく気配。
そこではっと我に返って、慌てて倒れた彼女に手を伸ばした。
「 すみません、すみません!あの、痛かったですよね、本当にごめんなさい!! 」
「 ・・・さま・・・ 」
「 でも、そこまでしないでください。こんなことが『 最上のおもてなし 』だなんて、私は思いません。
貴女だって・・・そんなに綺麗な女性なんですから、も、もっと自分を大切にしてくださいっ!! 」
凌統さま付きの女官の人たちも、このお屋敷の侍女さんたちも、すごく賢くて綺麗な人ばかりだ。
私なんか、知識も教養も色気のかけらもない、ただの高校生。
しっかりと教育された彼女たちの足元にも及ばないけれど・・・これが正しくないってことは解る。
呆けた様子の彼女に悪いと思いつつも、立たせてその背を扉の外まで押し出した。
何か言いかけようとするのを遮って、扉を閉めて鍵をかける。
静寂がしばらく続き、彼女の気配が消えると・・・ようやく・・・一息吐くことが、できた・・・。
「 ( 女の人に・・・お、襲われるとは思わなかった・・・ ) 」
男の人に襲われたことなんてないけど( もっと嫌だ! )女の人に襲われるのも・・・困る!!
私が男だと思われていたからの事態だったとして、これが女だとばれたら、ど、どうなるんだろう。
陸遜は、最初から文官としての・・・男性用の服を渡してきた。もしかしてこんな事態を想定してた??
「 ( そういや、凌統さまも『 男とはいえ・・・ 』とか何とか言ってなかった!? ) 」
いくら私の魅力がゼロとはいえ、内緒にしておいた方がよさそうだ・・・。
乱れた官服を直すと自分の身体を抱きしめる。
肺の奥から吐き出した大きな溜息と共に、脱力した私は、溜まらずその場に座り込んだ。
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