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 病人食ではなく、通常の食事に戻るや否や、姜維は出仕を再開した。back : next彼の身を案じる蜀の2代目国主・劉禅は、もうしばらく静養することを薦めてくれた。
 が、頑として彼は首を縦に振らなかった。
 
 
 「 劉禅さまの仰る通りです。せめて傷口が塞がるまで休んではいかがですか? 」
 「 ありがとうございます、丞相。通常の執務なら、傷の痛みも影響しませんので 」
 「 まあ、最近は憑き物も落ちたような清々しい顔にはなりましたが・・・無理はしないでくださいね 」
 
 
 誤魔化すように笑って見せると、諸葛亮は諦めたように溜め息を吐くだけだった。
 強がるからには、足手まといにだけは絶対にならないようにしなければ。
 竹簡に目を通しながら、姜維は自然と身体を強張らせていた。
 2人は各々の執務室を持っているが、時折ひとつの部屋で仕事をこなす。
 今日は兵法の資料を参照する関係で、姜維が諸葛亮の執務室へ来ていた。
 
 
 ・・・ということは、だ。
 
 
 「 失礼いたします。孔明さま、昼食をお持ちいたしました 」
 
 
 扉の外での声がした。立とうとした諸葛亮よりいち早く、姜維は扉へと駆け寄る。
 開けた瞬間、出てきた影が予想外だったのだろう。彼女は驚きに目を丸くした。
 
 
 「 ・・・きょ、姜維・・・ 」
 「 ご苦労様。私は自分の執務室で食べるから、お昼はそちらにお願いしてもいいかな 」
 「 う、うん・・・わかった。孔明さまのお支度が終わったら運ぶね 」
 
 
 彼女はにこ、と少しだけ唇を持ち上げて、姜維の脇を通って執務室に入っていく。
 道を譲った姜維だったが、すれ違う瞬間、髪に挿していた簪が落ちそうになっていることに気づいた。
 その簪は、彼が声をかける前に、諸葛亮へと頭を下げた彼女の足元に音を立てて落ちた。
 
 
 「 あっ、すみません 」
 「 いえ、怪我はありませんか・・・さ、私が挿してあげましょう。後ろを向いて下さい 」
 
 
 はい、と答えたが昼食を卓の上に置いて、姜維と諸葛亮に背を向ける。
 自分の執務室に戻ろうと、扉をくぐろうとした姜維は、そのやりとりをぼんやりと眺めていたが。
 簪を手にした諸葛亮が、突然振り返る。その鋭い眼光に、ぎくりと足を止める。
 
 
 「 ・・・・・・っ!? 」
 
 
 何を、見ているのです?という諸葛亮の声が聞こえてきそうだった。
 静かに威圧するような瞳に、姜維はじわりと冷や汗が浮かんでくるのを感じた。
 畏怖感に堪えきれず出て行こうして・・・それでも勇気を出して、もう一度だけ振り返る。
 『 堕ちて 』きた頃より伸ばしてきた、長く美しい彼女の黒髪。
 手に掬ったひと房に、こっそり口づけて簪を挿す諸葛亮の姿を図らずとも見てしまった。
 
 
 ・・・振り向かなければよかった。こんな暗い気持ちになるくらいなら。
 
 
 相手が月英殿であったなら、何ら問題のない、愛し合う夫婦像だと姜維も思えたのに。
 いや・・・は丞相の『 妻 』になる人だ。おかしいのは自分の方。
 彼女を抱いたことで、自分のものだと錯覚して一丁前に嫉妬しているのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 は、これから自分以外の人間にその身を委ねるというのに。
 
 
 
 
 
 
 身を翻し、執務室を後にする。姜維の心とは裏腹に、外はよく晴れていた。
 諸葛亮の執務室との明暗の差に瞳を細めて晴天を仰ぐ。
 ・・・もうすぐ夏がやってくる。
 諸葛亮とは婚約というかたちになるが、実際いつ婚姻するのかまでは聞いていない。
 だがどんなに待ち詫びても、どんなに望んだとしても、2人の未来が交わることなどないのだ。
 そんな自分の傍に・・・は、いつまでいてくれるのだろう。
 
 
 「 ( 約束したのは、私がの傍にいることだったはずなのに ) 」
 
 
 ふっと自嘲交じりの笑みが浮かんだ時、姜維を後方から呼ぶ声がした。
 振り向くと、が大きく手を振りながらこちらへと走ってきた。
 
 
 「 よかった、追いついたわ。孔明さまの昼食の支度は終わったので、次は姜維の分ね。
 同じ執務室にいたなんて知らなかったから、姜維が出迎えてくれた時は驚いちゃった!ふふっ 」
 「 ・・・そう 」
 「 姜維、どうしたの? 」
 「 え、何が? 」
 「 悩みがあります、って顔してるから。顔色も良くないみたい、大丈夫?? 」
 
 
 気を張る相手である諸葛亮は清々しくなったと言われたのに、の前では弱くなる。
 心配するの手を掴むと、姜維は自分の執務室へと急いだ。
 え、ちょ、ちょっと!と声を上げ、昼食の入った荷物の籠を揺らしながら、必死に彼女がついてくる。
 鍵を開けるのももどかしいというように、扉を開けては乱暴にすぐ閉じた。
 
 
 「 きょ・・・、っ 」
 
 
 胸に閉じ込めれば、彼女の声さえ聞こえなくなった。
 しん、と静まり返った部屋の中で、姜維はを抱き締めた。
 
 
 「 ・・・悩んでなんか、いない 」
 
 
 悩まないし、後悔もしない。
 姜維もも、お互いに納得した上で身体を委ねた。愛した人を抱いて、何が悪いのか。
 ただ・・・愛した人には『 夫 』となる予定の人がいて。それは自分の尊敬する上司で。
 こんな時ばかり、道徳観念が先行して本能に走った自分を苦しめる。
 打ち消すように、突然姜維は激しい口づけを降らせた。の歯列をなぞり、零れる唾液を吸う。
 
 
 「 んんッ、きょ・・・い・・・! 」
 
 
 苦しげに表情を歪めながら、息も絶え絶えに喘ぐが愛らしかった。
 ・・・そうだ、愛しい。こんなにもが愛しい。出逢った時から彼女だけを愛してきた。
 ずっとずっと傍にいて欲しい。他の誰よりも、自分だけの、自分だけの側に。
 荒々しい口付けにがくりと膝を折ったを、そのまま床の上に組み敷くと襟元が肌蹴た。
 そこには無数の華が咲いていた。どれも姜維がつけたもので、日々絶えることはない。
 襟元だけではなく、身体の隅々まで・・・それを知っているのは、本人と姜維だけだった。
 
 
 「 ( 簪を挿しただけの丞相には、気づかれてはいないはず ) 」
 
 
 脳裏に浮かんだ、諸葛亮の視線を打ち消すようにの胸に顔を埋める。
 
 
 「 あ・・・っ、んん、やぁあ・・・はあぁんッ!! 」
 
 
 大きく仰け反った身体を捕まえて、何度も何度も愛撫を繰り返す。
 の身体で、自分が触れていない場所などない。
 どこが敏感で、どこに触れれば感じるのか全て把握している。それは軍略にも似ていると思った。
 陥落させるためにはどう攻めればいいのか・・・機敏な舌の動きとは裏腹に、麻痺した脳内は冷静だった。
 さすがに執務室ではまずい、と思ったのか、は慌てて自分の両手で口元を塞ぐが、
 
 
 「 大丈夫だよ、ちょっとやそっとじゃ洩れないから 」
 「 で、でも・・・んぅ!あう、んッ、や、そこは・・・ぁッ!! 」
 「 、怖いなら全部、私が飲み込んであげる。だからもっと、啼いてみせて 」
 「 あんッ!!きょ、姜維、あ、はぁん、んんンっ・・・! 」
 
 
 あっというまに濡れた秘部をかき混ぜていた舌を指に変えて、姜維はの唇にむしゃぶりつく。
 唾液とも愛液ともつかない雫が、床を濡らした。
 身体の火照りはもう収まらない。の顔には悦びが満ち、身体を気持ち良さそうによがらせる。
 そこまで彼女を『 夢中 』にさせているのが自分だと思うだけで、背筋が震えるほど昂った。
 満を持して、はちきれんばかりの大きさになった自分のモノを着物の下から取り出す。
 片手で彼女の腿を持ち上げる。秘部の入り口に熱を宛がうだけで、とろりと愛液が溢れた。
 蕩けんばかりのの瞳に、更に悦楽を求める輝きが浮かんだのを姜維は見逃さなかった。
 
 
 「 ・・・姜維・・・だ、め、だってば・・・ 」
 「 素直じゃないな 」
 
 
 けれど、そんなところも愛している。
 
 
 の中に残る理性とは裏腹に、言葉以外の『 全て 』は彼に従順だった。
 そして、繋がったが最後。その理性も欠片すら残らない。
 
 
 
 
 
 
 ・・・何度、こうしただろう。抱き合う度に、堕ちていく気がする。
 
 
 
 
 
 
 劉禅や諸葛亮の反対を押し切って療養をやめたのには、ちゃんとした理由があった。
 看病してくれるを、飽きもせずに抱いてしまうからだ・・・それこそ朝から夜まで。
 には、日頃月英と共にこなす家事や仕事もあったし、支障を来しては逆に怪しまれる。
 緊張してはいるが、今までとは変わらず諸葛亮に接する彼女を見るだけで心臓が掴まれた気分になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 ( だから・・・離れたのに ) 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 所詮、一度外れた箍はもう戻らないということか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ず、と深く打ち込まれる楔に、の最後の理性が消失するのを見た。
 
 
 その瞬間、姜維は言葉にし難いほどの悦楽を覚え、またひとつ『 堕ちた 』のを実感するのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Material:"青柘榴" 
 
 
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