直接対決/2 自分はきっと、どこかで仗助を甘く見ていたのだ。 どうせ単純馬鹿だから、ちょっと誘えばすぐに乗ってくると思っていた。そして抱かれている最中は視覚も聴覚も何もかも全て奪い、他の人間には入ってこられないほど 深い場所までその心を沈めてやりたい。普段は目が合っただけで照れたり笑ったりしている顔が、性行為に溺れている最中はどんな表情を浮かべるのか見てみたい。 たったひとりの、今自分の下でされるがままになっている男の温もりしか知らないこの身体は、狂うほどの嫉妬や独占欲に支配されて言うことを聞かなくなってきていた。 舌で湿らせた唇はすぐに渇いてしまい、再び潤いを求めている。この渇きだけはもう自分ひとりではどうにもならない。 股間の上で動かしていた腰を突然、両手で掴まれて動けなくなった。こちらを見上げてくる仗助の強い視線を感じて思い出す。不良にしか見えない派手な外見からは想像 できないが、この男が純愛というものに憧れていることを。 「もうこのくらいにしとけよ」 「お前だって感じていただろう、今更何言ってるんだ」 「さっきはびっくりしたし、正直言って心は揺らいでたけどよ……こういうことをするあんたは、俺の中では何か違うんだよな」 やけに冷静な口調の仗助の言葉に、露伴は唇を噛んだ。精一杯の誘惑が、何か違うの一言で跳ね返された。我に返った途端に感じた恥ずかしさと悔しさで心が乱れる。 こちらは抵抗するどころか誘っているのだから、乗ったところで何の罪悪感も生まれないはずだ。それとも仗助は漫画だけではなく場の空気も読まない奴なのか。 「僕のことを全て知ったつもりになっているのか? とんだ自惚れだな」 「そういうんじゃなくて俺はただ、まだキスしかしてねえのに展開早すぎだって思ったんだよ」 「ああ……お前は確か甘ったるい純愛野郎だったか。脳みそが少女漫画みたいな奴だな」 「俺は漫画なんか読まねえっつってんだろ!」 「なんかとは何だ! 漫画を馬鹿にするなくそったれが!」 先ほどまでの淫らな雰囲気は消え、以前のような激しい罵り合いに発展した。結局どう転んでも仗助とはこういうオチにしかならないのかと思うと、空しくなる。 しかも露伴の職業を全否定するような発言まで飛び出し、我慢も限界だ。こうなれば負けていられないので、仗助にダメージを与えられるような罵り文句を頭の中で準備 する。しかしそれは口から出ることはなかった。 仗助は露伴の腰から手を放すと、深く息をつく。その表情からはいつの間にか、攻撃的な色は消えていた。 「なあ露伴、あんた何か不安になってんのか」 「不安……だと?」 「さっきも言ったけど様子がおかしいし、焦ってるようにも見えるんだよな」 焦っている、と指摘されて言葉に詰まった。確かにこの場で仗助を完全に自分のものにしたいと思い、普段なら絶対にしない大胆な行為までしてしまった。 健気で優しいと評価されているミキタカに仗助を奪われるのではないかという不安も、心の片隅で感じていた。あの雰囲気は普通の友人同士のものとは違って見えたからだ。 「でなきゃ、抱き締めただけで固くなっちまうあんたが、あんなことするわけねえし」 「馬鹿にしてるのか、この僕がお前に抱き締められたくらいで……」 とりあえず落ち着いて話そうぜ、と言われて反論を遮られた。露伴は仗助から離れ、再びソファに腰を下ろす。 先ほどと同じように隣に仗助も座り、ふたりの位置関係だけは元通りになった。間に挟まっていた数分間の出来事はあまりにも生々しかったが。 「俺はまだ16のガキだし、あんたから見れば頼りないかもしれねえ。でも本音はちゃんとぶつけてきてほしいんだよな」 顔を合わせるたびに罵り合いを繰り返していた以前は、胸の内に何かを隠しながら接していたことはなかった。言いたいことを全て吐き出し、遠慮なくぶつかり合ってきた。 嫌悪とは違う感情を抱くようになってからだ、それを気付かれないように振る舞うようになったのは。気に食わない相手のはずがどうしてもこちらから絡んでしまう、 自分でも止められない矛盾に悩まされてきた。関わりたくないなら無視をすれば良かったのだ。分かっていても何故かそれができなかった。口には出せない感情のせいで。 そして今では仗助の髪に触れることすらできなくなっている。迂闊に禁忌を犯すのを恐れているからだ。 「前はさ、何でもかんでも本音を見せればいいってもんじゃねえって思ってた。でもあんたと今の関係になってからは、隠されるほうが辛いって分かったんだよ」 「……僕は、何も隠してなんか」 「本当に?」 仗助は小さく笑いながら、ヘアバンド越しの額や頬に優しく唇を押し当ててきた。その心地よさと嘘をついた罪悪感が入り混じり、胸を痛いほど焦がした。 バス停に立っていると、やがて隣に並んだ人物を見て露伴は声が出そうになった。 背が高く、髪の長い男。よく見ると両耳が尖っている。ミキタカだ。前に見た時は遠くから眺めていたので、こんなに近くで顔を見るのは初めてだった。 再び薄暗い嫉妬心がよみがえってきそうになったが、仗助がくれた額や頬へのくちづけを思い出して気持ちを静めた。あれは全て自分だけのものだと、露伴は強く思った。 「岸辺、露伴さんですよね?」 ミキタカのほうから突然声をかけてきて、びくっと肩が跳ねるのを感じた。ミキタカは長身を少しだけ傾けて、露伴に視線を合わせている。 「……ああ」 「私、あなたのことを知っています。家にも行きました」 一瞬だけ違和感を覚えたが、仗助が話題に出していれば知っていても不思議ではない。家なら外からでもいくらでも見える。 自分のこだわり優先でかなりの金をかけて建てた大きな家なので、通りかかった時に足を止めてしまうほど目立っていても当然だ。 「お前はあいつと、仗助とはどういう関係なんだ」 「友人のひとりだと、私は思っています。前に仗助さんに救われて以来、よく話すようになりました」 どのような形かは知らないが、この男も露伴と同じく仗助に救われた人間だった。自分を犠牲にしてどれだけ他人に恩を振りまけば気が済むのか、仗助は相当のお人好しだ。 「今の私は、仗助さんが居てこその存在です。一生忘れられない恩を感じています」 そう語るミキタカは、大切な人を語る時そのものの表情だった。せっかく静かになっていた気持ちがじわじわと歪み、心を覆う。 あのままもう2度と、ミキタカには会いたくなかった。同じ町に住んでいる限りはどこかで顔を合わせるかもしれないが、こんなふうに1対1で話す機会などいらない。 仗助との関係について、余計な勘繰りをしたくなるからだ。 「何なんだお前は、もしかして仗助のことが好きなのか? ああ?」 まるで町でよく見かけるチンピラのように、腰に手を当てながらミキタカの顔を下から覗き込んだ。無意識に、きつい尋問口調になる。 答えを聞くのは恐ろしかったが、改めてはっきりさせたいという気持ちもあった。 返ってくる言葉次第で取り乱すかもしれないことを、わざわざ問いかける。こんな自分はもしかするととんでもないマゾかもしれないと思った。 ミキタカはそんな露伴の脅しのような追及にも表情ひとつ変えず、こちらをまっすぐに見つめる。そして吹いてきた風に長い髪を乱されても、それを直すことなく唇を開いた。 「好きです」 一瞬にして燃え上がった炎が、理性の隅々までも焼きつくす。負の感情を糧にしたどす黒い炎だった。仗助が髪型を貶された時はこういう精神状態になるのではないかと、 何となく思った。自分でも止められない激しさは、必然的に目の前の男に向けられる。 「地球の言葉はまだ完全に覚えきっていないので、表現に迷いますが」 「はあ? 地球?」 「私、マゼラン星雲から来た宇宙人なんです」 信じられないことをミキタカは真顔で語った。露伴は耳を疑ったが、確かにこの男は自分はマゼラン星雲から来た宇宙人だと言っていた。聞き直す必要もない。 どこまで人の神経を逆なですれば満足なのだろう。仗助の言っていた少々変わっているが、の部分はこの腹立たしい虚言癖のことに違いない。よくこんな頭のいかれた奴に 付き合っていられるものだ。 感じていた強烈な嫉妬心を煽るようなふざけた発言に、露伴はもう耐えられなかった。 「宇宙人、ねえ……ははっ」 口元だけで笑いながら、露伴はスタンドを発動させる。もし本当にこの男が宇宙人でも効果はあるだろうかと、冗談混じりに心の片隅で考えた。 ミキタカは出現したヘブンズドアーの姿が見えていないらしく、静かな表情のままこちらを見ている。 「お前が宇宙人かどうか、僕が確かめてやるよ」 露伴がそう言って目を細めた瞬間、ミキタカの頬の一部が捲れ上がった。先ほどの反応からして宇宙人どころか、スタンド能力のない普通の人間だ。 ここまで自分を苛立たせたミキタカがどういう人間なのか少しだけ興味がある。ちょうど良い機会なので覗いてやろうと思った。 ついでに仗助に関する記憶を奪ったらどうなるだろうと、酷い考えまで浮かんでくる。 後ろへ倒れ込んだミキタカに近付こうとした時、誰かに肩を掴まれた。顔を見なくても、声を聞かなくても分かる。この手の力強さは身体に馴染んだものだった。 「未起隆に何してんだよ、露伴」 怒りをぎりぎりのところまで抑えたような口調で、背後の人物が問いかけてくる。放課後の時間帯なのでここに現れてもおかしくはないが、とんでもないタイミングで 登場するものだ。明らかに露伴が悪者だと思われても仕方のない今の状況で。 「あいつにかけたスタンド、解けよ」 その言葉と共に肩を掴む手に更に力が入り、強い痛みを感じた。露伴は要求に従い、目の前で倒れているミキタカにかけたスタンドの力を解除する。捲れた頬が元通りに なり、わずかな痕跡さえも残っていない。気を失っているミキタカはまだ目を覚まさない。 「これでいいか、仗助」 背後を確認しないまま固い口調で問いかける。振り向いた先に立っていたのは、やはり予想通りの人物だった。鋭い目つきでこちらを見据えている。露伴がミキタカにした 行いが、よほど気に入らなかったようだ。 「どうして未起隆にスタンドを使ったんだ、こいつがあんたに何かしたのかよ」 「怪しい奴の正体を暴こうとしただけだ」 「怪しくなんかねえよ」 「自分をマゼラン星雲から来た宇宙人とか言ってる奴の、どこが怪しくないんだ?」 睨み合いながら口論をする露伴と仗助の間に、見えない火花が散る。現れた途端にミキタカを庇ったのも、こうして露伴を責めているのも、今の仗助の何もかもが気に食わない。 あんなに楽しそうに、宇宙人ごっこに付き合っているうちに情が移ったのかどうかは知らないが、一方的に悪者扱いされているようで腹が立った。 「こいつはお前のことが好きだって言ってたぜ。僕とは正反対の、健気で優しい奴に好かれて良かったじゃないか」 「何言ってんだよ、あんたは……わけ分かんねえ」 「お前らにこれ以上付き合っていられるか! 不愉快だ!」 遠くに待っていたバスが向かってくるのが見えたが、このまま乗る気分ではなかったので正反対の方向へ歩き始めた。仗助は追ってこなかった。倒れているミキタカの心配 でもしているのだろうと思うと苛立ち、歩調を更に早めた。 |