10.
頬をなぞる指。
炎熱に鍛えられた刃同様の堅さと、人の持つ暖かさ。
この感触には覚えがあった。
いくら永き英霊としての生を経ようとも、セタンタ・マク・スアルティウに「英雄」としての名を与えた男の手の感触をランサー―――クー・フーリンが忘れるはずも無かった。
肩に乗せられ、頬を包み込まれ、最後には門出を祝うように髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた手だ。
数多の名剣・名槍を鍛えたばかりでなく、アイルランド最大の英雄を生み出した手。
―――……それは、”造る”者の手だ―――
懐かしさからかランサーの頬がほんの少しだけ緩んだ。
「…………………?」
ふ、と微かに力を抜いたような表情をするランサーに、その頬や髪に触れていたアーチャーは手を止める。あれだけ痛めつけられ、挙句に男としてのプライドまでズタズタにされるような手酷い扱いを受けていたはずだった。なのに、ランサーの顔にはどこか安心するかのような…まるで軽く笑んでいるかのような表情が浮かんでいる。それをを一瞥すると、
「……ここまできて、幸せな夢を見る余裕があるとはな………」
やはり器が違うな、と毒をたっぷりと込めた口調で続けるアーチャー。
言うまでもなくそれは己自身への当てこすりである。
何も考えられないように、逆らう気力をなくすように、そのために最も有効な手段として監禁と強姦という手法をアーチャーは用いた。最後の多少の後ろめたさを踏みにじると、後は簡単にのめり込んだ。最後まで抵抗を続ける紅い瞳が美しいと堪能する余裕もあった。次第に正気を削がれていくランサーの様子に満足と…微かな哀しみを抱きつつも、その口唇に自らの名が浮かんだ時には気が遠くなるような快感を覚えた。
エミヤ。
それはアーチャーが恋焦がれた「名」、そのものなのだから。
炎の中より助け出された少年―――士郎―――にとって衛宮という名は憧れだった。後にその名を分けられたことは大きな喜びであり、また大きな夢でもあった。何しろその名こそが彼と養父の見えない絆……名を受け継ぐことで、何よりも憧れた存在に近づいただけでなく、養父が実現することのできなかった夢をも受け継ぐことになったのだから。
だから。
絶望の中で命を落としながらも、彼は「名」を捨てることができなかった―――。
だから。
汚い掃除屋のような、英霊とは名ばかりの守護者と成り果てようとも、その名を背負い続けた。
その「名」こそが自らを徹底的に痛めつけ、絶望の淵へと導くことなど、何一つ知らずに。
気づいたときにはもう遅かった。
理想を抱いたかつての自分の面影など爪の垢ほどもない現在の自分。ただ命を奪い続け、そのためだけに力を磨き続けた。
何一つ作り出すことのできない手。
命を壊し、理想を壊し、自分自身をも徹底的に破壊する手。
―――……これは、”壊す”者の手だ―――
自身と対照的な色合いの肌からそっと手を離すと、アーチャーは自らの掌を見つめた。
ただ、凝、と。
>続く
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