12.


「………………」
 冷静な風を装ってはいても、中身はまるで子供のようだ。
 対象となっている相手が聞いたら一層、その視線に刃を込めて自分を見返すだろうと分かっていながらも、ランサーは思わずにはいられない。けれど、
「名前が似ていたから、というのが最初に思い当たった理由だ」
 と、当たり障りのない答えを返してみる。すると、冷気で拵えた刃のような雰囲気を纏っていたアーチャーは、僅かに視線を逸らすと納得したように再びランサーに向き直る。
「確かに音は同じだが……だからといって、私と衛宮士郎を結びつける要素としては説得力に欠けるだろう」
「………本当に気づいていないんだな…………」
「な………っ……」
 半ば呆れながらアーチャーの真剣さを真正面から受けるランサー。その口調には少しばかり嘲るような色すらある。それに反論するかのように何か言おうとした口を開きかけたアーチャーだったが、遮るようにしてランサーは言葉を続けた。
「おまえが衛宮士郎を殺したいのは―――他ならぬ、おまえ自身だからなのだということだけじゃない。おまえが…英霊エミヤが理想としているのが………」
 一度言葉を切るとランサーは静かな口調で、けれどどこか断定するように、宣託を告げるかのようにして最後の一言を吐き出す。



「衛宮士郎―――だから、だろう」



 穏やかな、静かな湖面の如き表情と声。
 アルスター王の族弟として生を得てから英霊としての生を過ぐること幾歳。そのほぼ全てを戦場で過ごし、吹き出す炎のような闘気を纏い続けたランサーにしては珍しい……というよりあり得ないそれに、一瞬虚を突かれたアーチャーではあったが、一度鼻を鳴らすと堪えきれないというように哄笑を響かせた。

「は―――はは―――……」

 心底嘲るような、心底可笑しいというように、幾多もの感情を内に込めて笑い続けるアーチャー。普段のランサーであれば、赤の弓兵の―――だけとは限らず―――そんな笑いが癪に障っただろうが、このときばかりは違っていた。静かに、アーチャーの一種狂態じみた姿を真正面から見据えている。

「……………………」
「ふ……君は意外と想像力が豊かなのだなランサー。あまりのことで笑いが止まらなかったよ」
 ようやく落ち着いたようで、それでもまだ苦しそうに笑いを引きずりながらアーチャーはランサーを見る。対して、ランサーは表情を変えようとしない。気を悪くする風もなく、ただアーチャーの姿をその紅の瞳に収めている。そして、その紅い双眸に自らの姿を映っているのを見やりながら、アーチャーは再び口を開いた。
「あれが……? ただ理想だけを胸に自らの道を切り開くだけ切り開いて、挙句―――」
 そこまで言ってアーチャーは口を噤む。続く言葉で思わず、衛宮士郎が過去の己であると認めてしまうようなようなことを口にしようとしていたからだ。けれど、まるで逃げ道を塞ぐようにして、


「自分のような……中途半端な英雄にしか、守護者などという英霊の成りそこないにしかなれない男なら、今のうちに殺してしまえ、と」


 ランサーが口にした、あまりに的を得た言葉にアーチャーは一瞬、苦しそうに眉根を寄せる。
「………………………」
「おまえは、自らを否定したがっていた。数度刃を交え、あまつさえ……身体すら繋いだオレがわからないとでも思ったか」
 客観的に事実だけを述べるランサーに、アーチャーは沈黙を守る。

「そんなオマエが一方的な殺意を抱く相手がいるとしたらそれは―――おまえ自身より他にはない」

 言うべきことを言い終えたとばかりに、ランサーは口を閉ざす。が、視線はひたとアーチャーに向けられたまま。硬い表情でそんな視線からまるで身を守るかのように瞑目したアーチャーだったが、それは時間にして数秒。
 そして、覚悟を決めたように瞼を上げた。

「………なるほど。戦闘ばかりが君の本分かと思っていたが………」

 負けを認めるかのごとくランサーの言を肯定してみせるアーチャーだったが、そんなアーチャーに更に追い討ちをかけるようにしてランサーは続ける。
「それだけじゃない。さっきも言ったろ、オマエの理想そのものが『衛宮士郎』だった。オマエが否定して、その存在を消してしまいたかった過去のオマエこそが―――」


 望んでいた姿。
 こう在りたい、と願った姿。
 何より―――「エミヤ」の名を受け継ぐに相応しい姿………!


「本当に……光の御子は容赦が無い」
 もう、それ以上は聞く必要が無いと態度で示しつつ、アーチャーは自らの掌を見つめると、それを軽く握ったまま再びランサーに視線を戻す。

「私の手は何も生み出さない。平和も、安らぎも……何より人の笑顔も。それでも…いつかは報われると信じて、ただこの手に刃を取っていたのだがな」
 けれど、一旦言葉を切って赤の弓兵は再び自らの掌を瞳に映す。

 かつての肌の色も失せ、まるで人種まで異にしたような、現在の自分。

「所詮……理想に過ぎなかった。こんな理想を抱いて、誰も救うことができないのならいっそ……私など……衛宮士郎なぞ存在しなければいい。それだけを胸に守護者であることを甘んじて受けていたよ」
 なのに、どうだ。
 衛宮士郎を手にかける機会はいくらでもあった。主である遠坂凛に令呪を持って命令されたところで、間接的に衛宮士郎を死に追いやることは可能だったというのに、赤の弓騎士は自らの目的をを完遂することができなかった。それどころか助言めいたことをしてしまう有様。
 別に情にほだされたわけでもない。主に遠慮したわけでもない。

 
 そう、かつての自分……絶望すら抱いた自分に―――一縷の望みを抱いてしまったのだ。


 どうして……?
 どうして………!?
 どうして…………!!


 思わず、自分の思考の裡に入り拳をぎゅうと固めていたアーチャーだったが、その手を包むようにして合わされた手の感触に驚いて顔を上げる。そこには真剣な面持ちのランサーが射るかのように、魔槍をその目に宿すようにして打ち震える弓騎士を見つめていた。



「違う、だろ。
 この手は―――生み出すための、作るための手だ」




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